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43 冬のちいさな

 かじかんだ赤い手にふう、と息を吹き込めば白い蒸気がもやもや溶けていく。

 空もあたりも白く濁った冬を、黒いコートのチュチュがちょこちょこと進んだ。

 大通りに沿って店を広げ始める瞬間の活気は曇り空でも変わりない。


「おはよう、黒服さん。今日は寒いねぇ」

「おはようございます。ええ、ほんとうに冷えます」


 いつも黒い服を着ているから、このあたりでは黒服さんで通っている。

 冬の朝から開いている市場では、誰も彼もが一枚余計に羽織っていた。

 それでも手や顔は冷たそうに赤い。


「今日はね。できたばかりのチーズが入ってるよ」

「あら、うれしい。すこし味見させていただいても?」

「ちょっとだけね。気に入ったら買っておくれよ」


 屋台を開いているおかみさんは、重たそうな農家風のチーズを取り出した。

 黄色いというよりも赤味が強い。

 四分の一にカットすると、そこから薄く切り出す。


「ありがとう。……おいしい。甘くて、干し草と木の実の香りがする」

「だろう。よく熟すと、もっとナッティになるんだけどねえ」

「それもおいしそう。この切り出した四分の一、そのままいただける?」

「それはありがたいけれど、持てるかい?」

「こう見えても、小麦袋をいつも運んでいますから」

「ははは、そうだった。枝みたいに細いから忘れっちまうよ」


 おかみさんが四つ割りにしたチーズを包むと、チュチュは受け取って支払いを済ませた。

 トリギュラがチーズを作れると言っても、いくつもの種類のチーズを作るには熟成室が足らない。貯め込んでも健康的ではないし、市場を回すためにもチュチュはなるべく死蔵しないようにとは考えていた。


「ありがとう。このチーズ、よく寝かせたものも出ます?」

「春か、秋ぐらいにはね。ほしいならひとつぐらい、取っておくよ」

「うれしい。予約しましたからね」

「はいよ。もっとうちのチーズを食ってぷくぷく太ってちょうだいな」


 からからと笑うおかみさんに手を振って、チュチュはつぎの店を目指す。

 垂れ込める雲の下でも足取りは軽い。なんといったって、今日は特別な日だ。

 鼻歌交じりに霧を払っていると、すぐ目的地にたどり着いた。


「おはようございます。新酒はあります?」

「ああ、おはよう。扱ってるよ。ぶどう? 麦?」

「ぶどうを。寝かせが足らなくて甘いくらいのお酒だと、もっといいのだけれど」

「ぶどうなら赤と白。白はちょいと高くなるが」

「うーん……味見はできるかしら」

「店先で酔ってくれるなよ」

「舐めるくらいで十分ですから」


 チュチュは赤と白を両方、すこしずつ味を見させてもらった。

 赤はぶどうの香りが強く、渋みもあるが甘くて華やか。

 白は煮詰めた果実水のようにしっかりと甘いけれど、酒精感と酸味でスッキリしている。

 精製が甘いこともあってか熟成のすすんでない酒は甘みが残ったものが多い。


「どちらも、別の味わいでいい。両方ほしいけれど、持てるのはひとつ……」

「従者はいないのか?」

「ええ。そんな身分でもありませんし」

「そうかい。両方買ってくれるなら、手伝いをつけて運ばせるぜ」

「……お言葉に甘えて、そうさせてもらおうかしら」

「よし決まった。酒に溺れるにはまだ早いと思うがね」

「ひとりではありませんから。ささやかなあつまりです」

「そりゃめでたい。なにかいいことでも?」

「はい。よくしてくれる人の、お祝いを」

「そいつはよかったな」

「ほんとうに。あとで、リンゴも買っていかないと……」

「そりゃいいが、買う量は考えな。腰を痛めてもしょうがねえ」

「それは……はい」


 くすくすと笑ってから、チュチュは酒屋の手伝いといっしょに、壷を抱えて歩きだした。

 好物のアップルパイも、たっぷり作ってあげようと考えながら。

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