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42 カボチャのタルト(期間限定)

ハロウィン特別編

 チュチュの目の前には、樽のように大きなカボチャがあった。

 農民のあいだでは食べられる野菜だが、さしておいしいとは言えない。

 これも、先日お菓子にしてみせた栗とよく似た扱いを受けている。

 野菜というよりは穀物代わりに、煮るか焼くかしたものをもさもさ食べる。

 食べられる部分は多いし栄養もあるが、パサパサとして食べづらい。

 煮たものをさらに多めの湯で煮ると、今度はべちゃべちゃしてくる。

 栗のようなものは栗のように、というとおりに扱えば食べられるだろう。

 しかし、それでは芸がないというよりも、栗でいいとなる。

 差別化を図るとするなら、一番大きなちがいは量だった。


「さて、どうしてくれましょう」


 チュチュはカボチャを上から見たり横から見たりとあれこれ眺めてみた。

 けれど、どこにもヒントは転がっていない。

 岩のように硬くてデコボコの表面が冷たくつるりとしている。


「カボチャの鑑賞とはめずらしい趣味をしているな。知らなかった」

「節穴もいいかげんになさい。察しの悪い本だこと」

「そちらは調子と機嫌がわるいようだ。おとなしく相談したらどうだ?」

「それはそうだけれど、まったく任せきりというのも悪い気がして」

「いまさらだろう。キスキィ嬢はきっかけづくりが仕事みたいなものだ」

「ええ。ええ。わかっていますとも、わたくしの非力は。言われなくても!」

「眺めていれば思い浮かぶものでもなかろう。さあ、観念して働くがいい」


 チュチュは歯ぎしりさえしたい気分だったが、肩を落とすと素直にうなずく。

 あたまのなかにある、ぼんやりとしたイメージはまだ固まっていない。

 それを形にしていくのに、一度、口に出すのはバカにできない仕事だ。

 休養日だから体は動かさなくてもいいが、あたまはいつもより使う。

 彼女はコツコツと折り曲げた第一関節で額を叩きながら絞り出す。 


「ふんわりとした考えはあるの。栗よりも大きくて食べごたえがあるでしょう」

「見た目通りに量は取れるだろうな」

「つまり、大きなお菓子を作ってもそれほど高くはならない」

「ふむ。……すると、量を食べるためには飽きないように変化がいるな」

「それに、バターやクリームをたくさん使うとくどくなり過ぎるかしら」

「打ち消すようなものを入れればいいだろう。リンゴだとか」


 ころころとアイディアを転がしているうちに、チュチュのなかでもやもやとしたものが輪郭を帯びてくる。

 カボチャという食べものを、どういう風にして食べたいか。

 要するに、それは彼女がいま食べたいというお菓子の形だ。


「……そう。たとえば、いつもよりも深いタルトやパイ生地」


 ぶつぶつと独り言が漏れる。

 それが聞こえはじめると、グリムは邪魔にならないようにそっと黙った。

 チュチュ・キスキィという人間は集中するまでが長い。

 追い詰められるまでは現状を変えようともしないし、平穏と停滞を好む。

 しかし、火がついてからは焼き上がるのを待つだけでいい。

 彼の役目は、背中を叩きに叩いて足元で焚き火をするものだった。


「だいたい、こんなものかしら」

「ほう。……キスキィ嬢はよくばりだな。これだけ大きいと時間がかかるが」

「昼食代わりにするのもいいでしょう? カボチャがパン代わりだというのなら、いっそ塩味にしてもいいかもしれない」

「コッツの仕事が倍に増えたな」

「うっ……いまは、甘いものだけで十分だけれど」


 良心がとがめたのか、チュチュは先走りそうになった想像を止めた。

 それから走り書きのようにまとめたメモを持ち、厨房へ歩き出した。

 カボチャのことを考えすぎたせいか、口の中はその味を求めている。

 まだ、おいしくなると決まったわけでもないのに。


「コッツ。すこしいいかしら?」

「はい。なんですか、マスター」

「先日いただいたカボチャで、つくってほしいものがあるのだけど……」


 彼女のイメージが形になるまで、昼食過ぎまでかかった。




 深いタルト生地の表面はねっとり煮たカボチャと、濃い飴色のクルミが敷き詰められている。

 下から上まで、チュチュの薬指ほども高さがあった。

 ナイフを入れて半分に割れば、その全貌が見えてくる。

 タルトは、大きく分けて二層に分かれていた。

 表面のカボチャとクルミのすぐ下には、クルミの表面に塗られているカラメルを混ぜた、香ばしいクリームがぽってりと入っている。

 あいだに薄いパイ生地が仕切りのように挟まって、その下は黄橙色があざやかな、カボチャペースト入りのすこし重たいクリームが底にたっぷり入っていた。

 チュチュの考えた通りか、それ以上のお菓子になっている。

 クリームとクリームという組み合わせはいかにも重たい。

 しかし、とチュチュはフォークを差し込んだ。

 重たい感触に頬が緩むのを覚えながら口に運ぶ。


「ん……思ったより苦いかしら。でも、悪くはないはず……」


 まず、焦げる寸前まで素焼きにしてから絡めるを塗ったクルミが、カリっと砕けた。カラメルクリームとカボチャクリームをたっぷりと頬張っても、ほろ苦い印象が残って、後味が重たくならない。

 チュチュがもう一口食べ進めると、今度はナッツとカラメルの香ばしさのあとで、リンゴの果汁でやわらかくなるまで煮たカボチャがねっとりと溶け出す。

 さっぱりした甘酸っぱさは、カボチャのもったりする土っぽさを軽くさせる。

 ほろ苦さと甘酸っぱさ。それに、タルト生地のサクサク砕ける食感。

 どれもこれも、口いっぱいに頬張るからの味わいだ。

 栗でおなじことをしようと思ったら、どれだけ皮を剥くことか。

 それでも重さに限界はあるが、その時は渋みのある紅茶が洗い流してくれる。


「……もしかしたら、これくらい重いほうが紅茶をおいしくさせてくれる?」


 そんな考えのチュチュは、よく思いついたと胸を張りたいくらいだった。


「それはよかったですけど、ちょっと大変すぎてお店で出すのは難しいですよ」


 特別のタルト生地に、特別のカラメルコーティングのクルミ。

 特別のカラメル入りクリームに、カボチャを煮るために絞るリンゴ。

 特別だらけで、店で出すとしたらとんでもないことになるだろう。

 すくなくともこれを無制限で売るというのは無理があった。


「うーん……営業中は作らない限定品ぐらいなら、どうかしら?」

「毎日つくるのも難しいですし、それでも年に何日かぐらいならですかね」

「コッツが言うならそれでいきましょう。……こんなにおいしいのに」


 残念そうに言いながら一口頬張ると、満面の笑みに変わった。

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