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41 アメガミ

「ちいさくていいんで、安いアメってありませんかね」

「ながく舐めていられるようにと大きなアメはありますけれど、残念ながら」


 冒険者風の男がそう尋ねると、くくられたアッシュピンクの髪が揺れる。

 返答をわかっていたように男の肩が落ちて、ため息がこぼれた。


「そうですよねぇ。需要がないのはわかってるんですよ」

「どうしてちいさなアメが欲しいのか、お聞きしても?」

「噛んじゃうんですよ。というか、噛みたいんですよね」


 高価なお菓子を、じっくり味わいもせず噛んでしまう。

 それは、手間ひまかけてつくった砂山を壊すような快感だろうか。

 もしくは単に、アメが噛むのに向いているだけかもしれない。


「割るんじゃダメなの? あっ、これもらうね……よいしょっと」

「それでもいいんですけど、破片がもったいないじゃないですか」


 話が聞こえていたのか、ワールは手の空いているうちにカウンターを出た。

 土産物コーナーからアメをとってくると、ナイフの背で二つに割る。

 きれいに割れたように見えたアメも、ちいさな破片が散っていた。


「これはこれでおいしいんだけどねー。シャリシャリしてあまいあまい」


 アメの袋を逆さにして破片を口に入れたワールは、儚い食感を楽しむ。

 半分に割れたアメを口にした女店主が、鋭利な断面を奥歯で噛み締めた。

 大きいからか、ボリボリと噛み砕けていくうちに、アメの甘さが広がる。

 いけないことをしているような背徳感と、贅沢をしている充実感。

 どちらもが食感と相まって楽しませる。


「……なるほど。クセになるというか、心地いいですね」

「でしょう。絶妙な硬さなんで、堅パンだとなんかちがいますし」

「噛むためのアメというのもおもしろい。……すこし、時間ありますか?」


 もう一つ破片を口に入れたくなるくらい、彼女はこの食べ方が気になった。

 そうでなくとも、他にくれてやるには惜しいアイディアだと思った。


「あ、はい。すこしのんびりしようかと思って、外には行きませんが」

「でしたら、考えてみるので七日後にもう一度来ていただけますか」

「それはもちろんです! っていうか、いいんですか」


 冒険者風の男は、思わぬ返答に見を前に乗り出す。

 ほんとうに考えてくれるとは思わなかったのだろう。


「ええ。あたらしい食べ方を教えていただいたので」


 残っていた大きめの破片がカリッとシニョンの口で小気味よく響いた。




        02


 営業終了後、シニョンは一号店の厨房をうろうろと歩き回っていた。

 意味もなくパントリーを覗いて見たりと、落ち着きがない。

 ワールはたっぷりとハチミツを入れた紅茶を飲みながらそれを見ている。


「言いかたは悪いけれど、楽なのは混ぜものでしょうね」

「砂糖の量を減らせば安くなるけど、食感はどーかなー」

「そこ。そこです。飴を噛みたいのに、その食感を邪魔してはいけない」


 アーモンド・ドラジェの砂糖層を厚くしたら、味はいいだろう。

 けれど、それでは飴を噛みたいという注文に合わない。

 外側がメインなのに、中身が主役になってしまっている。


「食感のない混ぜものってなにがある?」

「んー……ハチミツとか」

「いい考え。もうすこし値段が安ければ完璧」

「でも、ようするに液体とかやわらかいものだよねー」

「たとえばジャムだけれど、どう?」

「売れてない冒険者は貧乏だから……働いたあとでワインも飲めないし」


 ミルクジャムや煮詰めた果物ペーストも、平民が楽しめるお値段だ。

 しかし駆け出しだったり、ちからのない冒険者の収入は低い。

 酒場で酒も飲まずに雰囲気に酔って、管を巻くのもめずらしくなかった。


「なるほど。……だったら、それはどうかしら」

「飴でワインを包む? えー……結局、高くつかないかなー」

「ダメならピケットでもエールでも使ってみましょう。まずは試す!」


 思いついたアイディアが正しいかどうかは、結果が出るまでわからない。

 シニョンは、すくなくとも三号店で働いている時にそう考えていた。

 まだ火を落としていない窯を使って、試作品に取り掛かる。

 スケルトンがいそいそと飴を練り上げているなか、シニョンは酒を用意した。


「……さて、これをどうやって飴に入れましょう」

「どうって……こう、ぐるっと?」

「その飴のぐるっをひとつひとつ?」

「あー、んー、えー……じゃあ、ぐるっとできる型を作ろーか」

「それが一番いいみたい」


 アイディアが形になるまで、もういくつかの手順が必要になった。




        03


 皿の上でころころとしている飴は、半球形をしていた。

 にごり水晶のように透けていて、中にとろみのある液体が入っている。


「これは……注文とはすこし、ちがうような……」

「要望通りのもつくったのですが、まずは試してほしいと思いまして」


 ふつうの飴より一回りくらいちいさいものの、それほど安くないサイズ。

 冒険者の男は、思ったよりも根の張りそうな見た目に冷や汗をかいた。

 しかし、試すというからには金は取らないだろうと、恐る恐るつまみあげる。

 持ち上げると、ハチミツのようなうすい琥珀色が揺れるのが見える。

 宝石ように注意を払いながら、冒険者の男は口に運んだ。


「……飴ですね」

「はい。飴は飴ですので」


 ころころとすこし口の中で転がしてから、男は奥歯で噛み締めた。

 カリカリと飴を噛み砕く小気味よい食感のあとに液体が広がる。

 ピリっとしたアルコールの刺激に、あたまがくらりとくる芳香。

 若いブランデーの苦味に、砕けた飴が混ざってまろやかになっていく。


「っ……あ。これは……なんていうか、ひさしぶりだから」


 飴の甘ったるさがアルコールで消え、苦味が中和されて余韻に変わる。

 あとに残るのは、体温であたたまったブランデーの去り際の香り。

 舌の上の儚い甘さと鼻に抜けるにおいが、上質な酒のように振る舞う。


「いや、これ、うまいです。うまいですけど、これは……ちょっと」


 彼にとって飴を噛むのは気分転換や気合を入れる儀式のようなものだ。

 しかし、いま試したものはとてもそんなふうには使えない。

 気だるくなるほどのリラックスと充足感が、彼の手足を重たくしていた。


「そうですか。では、こちらはいかがでしょう?」


 シニョンが皿を取り替えると、そこには色とりどりの中身が透けていた。

 誰でも水代わりに飲むような安い飲みものや果実水。

 すりつぶしたナッツペーストに、煮出したハーブティーなどなど。

 すくなくとも、彼が手が出せないというほど高いものは入っていない。

 シニョンがにこりと微笑んですすめると、彼はおずおずと試しだした。

 どれもこれも、噛みごたえが足りないということはなかった。

 ちいさくても飴が厚いから、中身はそれほど多いわけではない。

 それでも甘さの上に広がるせいか、邪魔しないのに特徴がある。


「んっ、辛いな。これはいいですね。目が覚める感じがする」


 彼が気に入ったのは、ショウガを乾かして煮出したジンジャーティーだ。

 夜番や気合を入れたいときにはもってこいだろう。


「口に合うものがあってよかった」

「……けど、これってどのくらいになるんです?」


 彼が気にしているのは値段だった。

 下手すれば、ふつうの飴よりも取るくらい手間がかかっているのがわかる。

 材料費だけで言えば砂糖の分が浮いたとしても、技術力がかかるだろう。

 それでは、正直に言って彼に手が出せるものではなくなってしまう。


「実はそれほど安くはできなかったんですけれど……」


 というシニョンが出した価格は、彼の想定より遥かに低かった。

 一粒、ふつうの飴の三分の二から四分の三程度に収まっている。


「なんていうか、かなり無理……してません?」

「あんまり儲けはありませんけど、秘密があるんですよ」

「秘密?」

「実は、お砂糖の質がちがうんです」

「えっ、あっ……そうか。『平民の砂糖』を使ったんだ」


 砂糖の需要が高まるにつれて、輸入元も増えた。

 そのなかで白くて上質なものを『貴族の砂糖』と言い、黄色がかっていたり味に雑味のあるものを『平民の砂糖』と言う。

 ふつう、飴のように砂糖の質が味に直結するものは『貴族の砂糖』を使う。

 しかし、今回のように風味や味が大きく変わるなら、言い方は悪いが『平民の砂糖』を使ってもごまかしが効く。

 すくなくとも、冒険者の男がわからなかったくらいには。


「平民の砂糖でつくるだけでは、悲しいですから」

「……そうか。だから噛むための飴で、中身があってこそなんですね」


 そのあたりはシニョンにとっても計算外というか、順序が逆転した形だった。

 ちいさくするだけではつまらないから中身を入れよう、というアイディア自体が、自分を救ったようなものだ。

 開発自体に苦労はしたが、それでも得られたアイディアは大きかった。


「よかったら、飴を噛むお仲間さんにも勧めてみてくださいね」

「もちろん。俺以外に、そんなもったいないことするかわかんないけど」


 それから土産物に、噛む飴が並ぶようになった。

 ほとんどの客は、奇妙な顔をしてそれを見ていた。

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