04 留守番1
本編「91 強硬策」で残されたワールたちのお話
01
スタッフルームで見送った手前、姿を現すのはすこし恥ずかしい。
ワールたちは、店の中で彼女たちの姿を見ていた。
小さくなって夜空に消えていった怪鳥を見送って、ワールは考える。
「まかせてーとは言ったけど……人手が足りないよねー?」
両手の人差し指でコメカミをぐりぐりしながら考える。
振り返れば、残っているの四匹とモンスターと彼女だけ。
「キッチンは足らないよねー。運ぶのも……こっちも絶対足らないねー」
朝からシフトに入っているのはミズクとアンペザントの子どもたち。
抜けた穴はチュチュとグリムと四匹のモンスター。戦力は半減だ。
状況を見て、指示を出せる二人が抜けたというのは特に大きい。
「やー、無理でしょー。このままお店開けたらぐちゃぐちゃになるなー」
コメカミを推していた指を止めて、どうするべきかを考えた。
ちょっと遅れて、すこし不安げに彼女を見上げるモンスターたちに気づく。
「あー、君たちもちょっとだけ頑張ってもらわないと厳しいなー」
そう言われて、彼らはお互いの姿を見合わせた。
いずれも先輩のモンスターに指導を受けて育ってきたものだ。
能力的に不足はない。同じようにやれるだけのちからは持っている。
「っていっても不安だよねー。あたしもそうだしなー」
自分でなんとかしなければいけない、という状況はみんな初めてだった。
ワールにも、グリムという先達がいたし、チュチュを信じて動けた。
けれど、いまは彼女がやらなければいけない。
「だから『みんなで』がんばろー。失敗したら……ごめんねしよーね」
ひょい、と彼女は空中に手を差し出す。
「ほら、蔦とか前足とか乗せて乗せて」
それぞれのモンスターたちが、自分の一部をワールの手の上に重ねる。
冒険者時代、彼女が仲間たちとやっていた士気を高める儀式だ。
「あたしたちはできる。だって、いつも見てたでしょー?」
にこりと微笑んで、ワールは四匹の目を左からじっと見た。
彼らは目を合わせて覗き込むように、こくりと頷く。
「だから、やってやろー。あたしも、ちょっと町行って人集めてくるからー」
ワールの知り合いは、少なくはないけれどそれほど多くもない。
それがこの店で働ける人間ともなれば、片手で数えられる程度だ。
「みんなはー、自分たちで出来ることをしてねー?」
茶樹のトレントが、弾力特化スライムが、鶏牛のキメラが、スケルトンが。
誰もが各々の目を覗き込んで、こくりともう一度頷いた。
「よーし。それじゃー、よろしくねー!」
もう一度、安心させるように唇で三日月を描いてから外へ出る。
モンスターたちもそれに続いて、夜の外気に身を晒した。
冷たい空気に目を細くしてからぐっと屈伸をして足を伸ばす。
「……さーて、いくかー」
まるで落ちていくように、彼女の体が闇に紛れていった。
残されたモンスターたちもそれを見送ってから、一匹ずつ店へ戻っていった。
店に明かりがついて、キッチンに火が入った。
02
空が白んでくるには、まだ時間があった。
ほとんど落ちるようにして町へ降ったワールが、あたりを見回す。
「さーて、……ミズクの友達はいるかなー?」
ミズクがルームシェアをしている二人の冒険者も、時々働いてくれている。
もし二人が来てくれるようなら十分な戦力に数えられるだろう。
まだ目覚めていない町を起こさないように、ワールは静かに道を走った。
「ここらへんだったかなー」
大通りから一本外れて裏通りを歩きながら、彼女は片手で気配を探る。
ミズクたちの気配は、領域で感じ取ってすでに記憶に書き記してあった。
三人の感覚を見つけると、静まり返る裏通りを風のように進んでいく。
「ミズクー、起きてるー?」
コンコンという控えめなノックに、のそのそと中で動く気配がある。
目をこすりながら、寝癖で髪がぼさぼさのままミズクが出てきた。
「……ワール、さん。なにか、ありました?」
ふわぁ、とあくび混じりの返答は、ワールの表情を見て引き締められる。
彼女の顔は微笑んでいるようで、目の奥に焦燥感が隠れていた。
「うん。あのふたりが出かけちゃってさー」
「えっ、それって……今日の店に、出られないってこと、ですか?」
その言葉で、ミズクは一瞬の内に状況を理解する。
チュチュとグリムが、揃って居なくなったのはパーティーの崩壊に近い。
眠気混じりだった意識は、冬の外気と水を浴びせられて冷え切っていた。
「そゆことー。出来たら寝てる二人もほしいんだけどさー」
「ちょっと、待って、下さい」
ミズクはすぐに取って返して、家の中でごそごそと動き回る。
同居人のの肩を揺らして耳元でささやき、今日の予定を聞き出した。
同じようにドアから顔を覗かせた彼女の落ちた肩を見て、ワールは言わずとも理解してしまった。
「……ダメみたい、です。二人とも、ダンジョンに出る約束が、あるって」
ぐるぐると思考を巡らせているのはミズクもだ。
人数が足りない地獄は彼女も経験している。なにより、冒険者で言えばリーダーが消えたことに等しい。その影響を想像すれば血の気も下がる。
「んー、わかったー。とりあえずミズクはお願いできるー?」
「はい。ワールさん、は?」
チュチュとグリムが消えたなら、指揮権や責任は彼女にある。
それを自覚しているワールは、尋ねられた問いに間髪入れなかった。
「他に当たってみるよー。お店、任されてるからー」
当てがあるとは言わなかった。
ただ、それでもやらなければならないことがある。
「……わかり、ました。心当たりがあったら、行ってみます」
冷えた体を擦りながら言うミズクを、安心させるようにワールは軽く笑った。
ぷらぷらと手を振って背を向ける。
「おねがーい。じゃねー」
言葉とは裏腹に、その眼光はあまりに鋭かった。
03
大通りの中央で立ち止まって、ワールは空を仰いだ。
すこしずつ明るくなって来ているものの、辺りはまだ暗い。
はあ、と白い息が散っていく。いまの時間から行ける場所は少ない。
いっそのこと、人型のモンスターでも召喚してしまおうかと思い立った彼女は、ぶんぶんと頭を横に振った。
「いくら知能が高くても、いまから仕込むのは無理だー」
彼女自身、店で働くのに慣れるまで数十日は必要だった。
それも遅くはないけれど、店でやってもらうにはシステムを理解している必要がある。
特に臨時で働いてもらうなら、なおさらだろう。
ほしいのは未来の成長株ではなく、いま使える即戦力なのだから。
「……やっぱり、これしかないかー」
そして喉から手が出るほど欲しいのは、場を回せる人材だった。
運ぶのは動きでカバーするにしても、指示を出せる人間がいる。
一人はワールが担当するとして、あと一人、一階か二階を見てもらわなければいけない。
彼女の脚は、貴族街へ向けられた。
「さーて、ど、れ、に、し、よ、う、か、な」
三つに別れた道を指で順番に指差して、最後に選ばれた方を進む。
やがて、その脚は一つの屋敷にたどり着いた。
彼女がコンタクトを取れるのに、店で働ける人材のあては三つ。
一つはヴィナ・ノワ家が運営する二号店のスタッフ。
一つはアンペザント家が運営する三号店のスタッフ――子供たち。
「まー、こういうこともあるよねー。その穴埋めが妥当かなー?」
外には何人か警護しているものたちがいた。
けれど一瞬の隙を突いて、音もなく彼女は屋敷に忍び込んだ。
廊下には等間隔でランプが設置されていて、見回りの目が見えるようになっている。
ワールは気配を感じながら、深い絨毯に足音を消してもらいながら歩く。
そして、その気配の中から覚えがあるものが寝ている部屋にたどり着いた。
静かにドアが開かれると、数人の使用人が寝息を立たている。
あては、もう一つ。
ガラトリッサ家に仕える本職――メメドット。
彼女は忍び足でメメドットのベッドを探り当てると、ゆっくり上に掛けてあるものを剥ぎ取る。
寒さに震えた彼女が意識を掴みかけたところで、耳元に囁く。
「起きてー、メメドット。やってもらいたいことがあるからー」
まぶたをこすったメメドットは、ううん、と声を漏らした。
ぐるりと彼女の体に剥ぎ取ったものを巻きつけながら、ワールが口に手を当てて続ける。
「チュチュがいなくなったからー、代わりに仕事をしてほしいんだー」
彼女が目を見開いて、ベッドから身を起こそうとするのをワールは抑えた。
物音は幸いにも小さなもので、他の使用人たちは夢の世界から帰ってこない。
目を白黒させたメメドットが、一気に意識を取り戻す。
その瞳で自分を拘束するのがワールだと気づくと、暴れようとするのをやめた。
「……どういうことです?」
「彼女たちは、いまジュローヴィラパンにいってるんだよー」
その言葉を聞いて、彼女はいま起こっているほとんどのことを理解しようとしていた。
すべてはわからなくても、誰のために動いているかはわかる。
「わかりました。書き置きだけは残させてください」
「んー、わかったー」
最低限の身支度をする暇もなく、メメドットとワールは部屋を出た。
それからワールが取り出したものに書き置きをすると、ワールだけが屋敷の奥へ忍び込む。
見回りにバレないように書き置きをカナノァラの部屋へ入れると、二人は様子を見て屋敷を出た。
空は、もう遠くの方から太陽が顔を出そうとしていた。
04
すっかり太陽が輝き、空も青々とし始めた冬の朝。
ワールに抱えられて坂の上の店へ連れてこられたメメドットは、この店の従業員用の制服に袖を通していた。
キッチンへは脚を運んでいないものの、一階から二階から隅々までを目でたしかめて、行動範囲は把握し終わった。
「大体わかりました。わたしは給仕を担当すればよろしいので?」
「そうだねー。周りを見て待っているお客さんが居たら、指示お願いー」
自身を取り囲む若い従業員を見て、メメドットは頷く。
彼らがアンペザント家の馬車に乗って来たのには、さすがに目を丸くした。
粗相があってはいけないとは思いつつも、仕事となれば遠慮はできない。
「はい。すこし驚きましたが、自分の後始末のようなものですから」
「メメドットさんは貴族のお屋敷で働いてたから、見習うといいよー」
「わかりました。本職のやるところを見られるのは嬉しいです」
「そんな風に期待されても困ります。特別なことはありませんから……」
素直な視線を向けられて彼女は困惑した。恥ずかしかったと言ってもいい。
自分をそれほど大した存在だとは思っていなかったし、能力があるとは評価もしていなかった。
ガラトリッサ家で、なんとか周囲と同じだけの作業をやれているだけだ。
「いえいえ。僕たちにとっては実務経験がある方は特別ですよ」
「まーまー。まずはお店を開けないとー。もうお外に来てるからさー」
その言葉を聞いて板ガラスを見れば、坂から上ってくる人々の姿が見える。
心を固めて意識を切り替えると、メメドットの表情が鋭く変わった。
「お出迎えはお願いします。わたしは紅茶を用意しますので」
「あいあい。それじゃー今日も元気にがんばろー!」
正面ドアが開けられて、ドアにかかるプレートが営業中に変わる。
開店時間から店にやってきてくれたのは、よく来てくれる女性の二人組だ。
彼女たちは周囲を見回して、いつも真っ先に出迎えるチュチュとグリムが居ないことに不思議そうな顔をした。
「いらっしゃいませー」
「はいー。あれ、今日はキスミーさんとグリムさん居ないんですか?」
「ちょっと体調が悪くてー。すぐに良くなると思うんですけどねー」
「近頃寒いですもんね。お大事にとお伝え下さい」
「ありがとうございますー。それではお席に案内しますねー」
これを発端に、二人がいないという違和感は来店する客が常に抱くようなものらしかった。
いままでも片方が居ないことはあったけれど、二人揃っては珍しい。
ただしそれは大きなものではなくて、新鮮だな、という感覚でもあった。
「なんだか、今日はお客さんが途切れないというか……」
こんな日に限って満員御礼だろうかと、少年ウェイターが額を拭う。
それに首を振りながら、ワールは背中をぽんと叩いた。
「違うよー。こっちが捌くのが遅いから、渋滞しちゃってるのー」
「あっ……そういうことも、ある?」
待機列が途切れないというよりは、回転率が落ちている。
その原因が人数不足とパフォーマンスが落ちているからだと、ワールは理解していた。
彼女もよくやっていた。しかし急造のチームでは無理があるのもほんとうだ。
「メメドットもよくやってくれてるしー、これ以上は望めない……かなー?」
ぐっと歯を噛み締めながら、それでもワールは笑顔を保つ。
「二階から注文入ります!」
ごった返す店内を忙しく動き回りながら、メメドットは指示を出していた。