38 いつ食べる?
マルファウトはめずらしく、坂の上の店で普通に食事をしていた。
具だくさんのスープに、作りたてのバターと薄切りのパンを並べている。
保存食ばかりで乾いた体に、じんわりと野菜のスープが沁みた。
「マルファウトさんは、いつお酒を飲むのが一番おいしいと思われます?」
じっくり堪能している最中、彼は店の主にそう尋ねられた。
おいしそうにスープを食べていたマルファウトは、パンを手で千切る。
「うん? なんだよいきなり。まあ、仕事で疲れたあとだろう」
「では、なにもない休日にお昼から飲むのと、どちらが魅力的かしら?」
使いっ走りで疲れた体には酒がこの上ない癒やしになる。
けれど、それさえもない休みに飲めるのは、自由この上ない。
湯気立てるスープを口に運ぶのも止めて、マルファウトは顎を擦った。
「むっ。……そう言われるとむずかしいな。捨てがたいってのが本音だ」
「しかし、どうしてそういう質問を?」
「口にするものって、その時々や調子で感じ方が変わるでしょう?」
そう言われて、彼は納得したようにうなずく。
千切ったパンにやわらかいバターを塗りつけて、大口でかじりつく。
「なるほどね。しかし、状況まで用意するってのはやりすぎに感じるが」
もぐもぐとやりながら、諌めるように店主を見た。
彼女は青い瞳をすこし自信なさげに揺らすと、怒られた子のように言う。
「クッキーの一枚がごちそうになる。そこまで提供できたらと……」
口の中のものを飲み込んで、マルファウトはカウンターに肘をついた。
「あのな。店に来ること自体が特別なんだよ。ええと、つまり、なんていうか」
あたまのなかでは形になっているのに、うまいこと言葉に降りてこない。
そのむず痒さをすっかり受け取って、彼女は目を伏せた。
「……ああ、はい。過剰な演出は押し付けが過ぎると。それはたしかに」
マルファウトはスープを一口飲むと、またパンを千切る。
「あんたらは、期待に応えればそれで十分。いい仕事をしてるんだよ」
彼は言い過ぎたかもしれないと反省するように言い切った。
スープ皿を掴むと、掻き込むように口をいっぱいにする。
「……ありがとうございます」
気遣ってもらったのは申し訳なくも、彼女はすこし嬉しかった。
その恥ずかしさを誤魔化すように、マルファウトは片目をつぶる。
「だからまあ、酒の持ち込みぐらいは見逃してくれ」
いたずらっぽくそういう男に、薄い唇が笑う。
「マルファウトさんは、照れ屋ですのね」
「恰好つけるのが性に合わないだけだ」
そっぽを向いて頭を掻くと、彼はおかわりと注文した。




