35 いつもの朝・オムレツ
一人称視点
朝、ザクザクと霜を踏んで歩く。
どれだけ厚着しても、冬の寒さは矢のように突き抜けてくる。
真っ白い息を吐いては朝靄のような空気をかき分けて進む。
空の端はまだ、薄っすらと夜のドレスが翻っている。
こんな時間は坂の上まで上ってくれる馬車も動いていない。
「ふぅー……」
坂を上りきって一息吐くと、ザクザクと進んだ。
まだ薄暗い店内で、動いている人影が見える。
従業員用の裏口を開けて中に入ると、風の冷たさが抜けていく。
「おはようござい、ます」
「おはようミズク。寒かったでしょう。着替える前に温まってきたら?」
「はい。コロン、おねがいしても、いい?」
「ぷにー!」
ぷにぷにと転がっていたコロンに頼むと、うなずく代わりにぽよんと跳ねた。
その体を抱きかかえると、スタッフルームまで降りていって更衣室に入る。
薄い膜のように広がったコロンに包まると、温度調節機能でちょうどいいくらいになったスライムが体を温めてくれる。
「ありがとう、コロン」
「ぷににっ」
手足の先がピリピリ痺れるくらいあたたまると、制服に袖を通す。
更衣室を出て姿見で髪をすこし整えると、階段を上がった。
足音が聞こえたのか、厨房からコッツが顔だけ出してこっちを見ている。
「ミズク。たまごどうする?」
「んー、と。オムレツにしても、いい?」
「もちろん。中身は?」
「ううん。ない、やつ」
「わかった。ミズクは好きだよね、たまごだけのオムレツ」
「……うん。すき」
ここで働いていると勘違いしちゃうけど、ミルクとかたまごは贅沢だ。
冒険で他の町や国まで行くと、なかなか手が出せない。
もちろん、具材入りのオムレツもおいしい。贅沢の贅沢だ。
でも、ここのバターとたまごで作ったコッツのオムレツが一番すき。
「焼けたのから出すから、食べられる人は食べちゃって」
「はいよー。朝ごはんだー」
ワールさんがカウンターに湯気の出る朝食を並べていく。
焼けたばかりのふわふわ焼きと、今日のスープに、卵料理。
スープは細かく刻んだ野菜が入っていて、具材の方が多いくらいだ。
「はい、ミズクのねー。こっちはあたしのー」
そう言って、にこにこ笑いながらたっぷり具のはいったオムレツを自分のところへ寄せる。
「ありがとう、ござい、ます」
焦げ目一つない黄色いオムレツは、もうもうと湯気を立てていた。
贅沢なオムレツだから贅沢に、真んなかのおいしいところをスプーンで削る。
揺らすとこぼれてしまいそうな、こぼれないような、完全な火加減。
ふうふうと息を吹きかけて、熱いところを頬張る。
バターとたまごが甘い。
「……はぁ。おいし」
いつものしあわせな朝が始まったのを実感した。




