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29 なんでもいっしょ

 客足のすくなかった時期、仕込んでしまった食材があまりがちになっていた。

 様子を見て控えめにはしていても、それでも多すぎたということがある。


「こうなっちゃうと、塩か酢に漬けるにも干すのもねえ」


 まだ手を付けていないものだったら、保存食にしてもよかっただろう。

 けれど下拵えをしてしまったら、もう料理に使ったほうがいい。

 どうしてしまうべきかスケルトンが悩んでいると、ワールが厨房へやってきた。


「おなかへっちゃったー。なにか食べていーい?」

「ここにある野菜ならなんでもいいよ」


 お腹をさすりながらやってきたワールは、野菜を見て目を丸くする。


「煮てない野菜はちょっとねー。って、こんなあまっちゃったのー?」

「それで悩んでて。スープにしても腐らせちゃうでしょう?」


 夜も暖かいから、水分が多いものは晩を越すのが怖い時期だ。

 ワールは生のニンジンを一つポリポリかじった。

 やっぱり口に合わなかったのか渋い顔をする。


「そうだねー。……なら、アンペザントの子たちに持ってってもらおーよ」

「それでもいいかもしれないけど、このままじゃちょっとね」


 アンペザントの子たちは数が多いし、食べ盛りの年齢ばかりだ。

 あまりものを押しつけると言えば聞こえは悪いけど、お土産とも言える。


「あー。スープじゃ持ち帰りづらいしー、タルトじゃなくてー……」

「パイ。パイか。その手があった。ありがとう、ワール」


 パイならふわふわ焼きに混ぜるよりも、みっちりと詰め込める。

 あまった食材を片付けるのにこれ以上の調理法はないだろう。


「なにもしてないよー。でも、おなか減ったからなにか食べさせてー」

「はいはい。すこし待っててね」


 スケルトンはすぐに取り掛かった。

 余った食材にフライパンで軽く焼き目をつけたら、細かく刻んでたっぷりとパイ生地に詰めこんだ。そのままパイ生地を被せようとして思いとどまる


「……これだと見るからにあまりものって感じがするか」


 すこし悩んでから、たまごを割ってかき混ぜてチーズと合わせてパイに流し入れた。パイの中でオムレツを作るような発想だ。


「おー、ちょっとぜいたくだー」

「これならあまりものを押しつけてもいいでしょ」


 あとは焼き上がるのを待つばかり。


「でも、焼き上がるまで食べられないよー」

「わかったってば。えーと……」


 それからぐうと鳴るワールのおなかに急かされて、スケルトンはいますぐ食べられるものを作り始めた。




        02


「ってわけで、これお土産いただいてきました」


 一号店へ働きに出ていた少年に水を渡しながら、もう一人の少年がかごを受け取った。蓋を取ると、つやつやに輝く黄金色に焼けたパイが入っている。

 鼻を近づけて香ばしい香りを嗅ぎながら、少年は喉を鳴らす。


「パイ? 甘いやつ?」

「甘くないやつ。野菜がたっぷり入ってるって」

「野菜かー。いいんだけどねー」

「そう言うなって。たまごも使ってるから」

「んー、わかった。みんな呼んでくるよ……人数分、あるよな?」

「たぶんね。なかったらジャンケン」

「こっそりとっといて」

「野菜だよ?」

「いいんだよ。きっとうまいから」

「あいよ。平等にジャンケンね」

「ユーズーってものがないのかね君は」

「一人に恨まれるのとみんなに恨まれるのじゃ話がちがうでしょ」

「しかたねぇなぁ」


 学習室までみんなを呼びに行くのを見送って、働きに出ていた少年は厨房でナイフを借りてパイを切り分けた。

 ザクザクと切り分けた中身は、焼けたたまごの中で野菜が泳いでいる。ときどき、半透明に火が通った野菜にはまだ適度な手応えがあって、完全にやわらかくはない。


「……あー、うまいやつだ」

「来たよー。って、まだ手つけてないでしょうね」

「切ったばっかりだってば」

「ならいいけど。あー、こういうの好き。お肉もいいけどさ」

「チーズも入ってるし、けっこうみっしりしてると思う」

「夕食のあと食べるのは重そうだけど、とっておいたら食べられそうだしなー」

「しょうがない、太れ」

「ひっどい。成長期だから縦に伸びるし」

「それはそれでどうなんだ」

「いいの。っていうか、一人分にしたらそんな量ないよね?」

「うーん、味見ぐらいかも。よし、太らずに済むな」

「だから縦に伸びますー」


 一番先にやってきた少女とじゃれあっている内に、残りの少年少女たちもやってきた。食事後にも関わらず、食べ盛りの彼らはもうお腹が空いているかのようだった。

 人数分に切り分けてしまうと大きなパイの量も一人あたり指二本分ぐらいの幅になった。


「これならジャンケンで取り合ったほうがよかったか」

「せこいこと考えないの。それじゃあ監視の目もないし、いただきましょう」

「そうだね。執事さんの目がない内に」


 いつもの夕食は、マナーを気にしながらきっちりすることが第一だ。それはそれでいいのだけれど、味わうと言うよりミスしないことが優先される。彼女たちにとって、気兼ねない食事は貴重な機会だった。

 一斉に齧りつくと、パイ生地のざっくりした音が響くくらいだった。


「なるほど、こうなるのか」

「んー、おいしいー。いいねー、これ」

「野菜いいよ、野菜。やわらかい中でシャキシャキしてるし」

「包んであるからクセを感じないな。パイ生地が香ばしいのも手伝ってる」

「それ。欲を言えばやっぱり肉だな。肉っ気もちょっと欲しい」

「あるとバランス崩れない? これで完成してるでしょ」

「脂があると、このあっさりまったりの中には主張が強いかもしれませんね」

「塩漬け肉のオムレツがあるからいけるって。野菜少なめにしてさ」

「それはもう別の料理だろ」


 がやがやと、いま食べたものの感想を言い合うのは、自分たちでも店をやっているからだろう。ヒントをもらったというよりは、ここからなにかできないか、と考えるちからが備わりつつある。

 しかしこれだけうるさいと、


「なにを騒いでいる?」


 彼らにとって、怖い執事が覗きに来るのは必然だった。


「一号店からおみやげを頂きまして、みんなで味わっていました」

「ふむ。夜も深い、声は控えるように。それと翌日は礼をするように」

「わかりました。ご迷惑かけて申し訳ありません」

「静かにな」


 シニョンが一歩前へ出て状況を述べると、執事は一人ずつ顔を見て、しっかりと目を合わせた。少年少女たちは両手で口元を覆って、目を合わせられたのに合わせて頷く。

 それを全員分終わらせると、執事は踵を返して去っていった。コツコツと響く靴音が聞こえなくなって、彼らはようやく呼吸を思い出した。


「……ぷはぁ。助かった」

「虫の鳴くように、声を小さくしてしゃべりましょうね」


 全員が目を見合ってうなずいた。

 喋っている内にまた声が大きくなって、もう一度執事がやってきた。

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