28 秘密のお楽しみ
「そういえば、お魚って、出しません、よね?」
ミズクはまかないで川魚のバターソテーを食べながら、ふと不思議に思った。
パリっと焼かれた皮目は香ばしいし、ハーブを入れたさわやかなバタービネガーソースがさっぱりと食べさせてくれる。
お店で出せるくらい完成度があるのに、川魚のメニューはない。
川が近くにあって、季節によって新鮮な魚が取れる。
それなのに出さないというのは、ミズクには疑問だった。
「出せなくはないけれど、また別のように感じてしまって」
店は紅茶とお菓子を楽しむもので、他にちょっとした食事もできる。
その中に含めないかと言えば、そんなことはないだろう。
「別、の?」
「川魚って、いつもの生活にあるものでしょう」
「はい。よく、食べます」
「ですから、せっかくお店へ行って食べようとするかしら」
「あっ……言ってること、わかり、ます」
平民が食べに行けるくらいの価格設定だから、値段の問題ではない。
手と技を尽くされた川魚は、いつも食べるものとは別物だろう。
けれど、だからといって紅茶とお菓子の店に行って選ぶ気になるだろうか。
ふだんは食べないものを選びたいんじゃないだろうか。
ミズクにもそういう気分はわかる。
張り切っていい服を着た日には、冒険者らしくないことをしたくなる。
「……でも、もったいないのも、ほんとう、ですよ」
旬の川魚の白身はふわふわして甘い。
ミズクには、これだけの味を自分の家で出せる気はしなかった。
人差し指と親指で新しいふわふわ焼きをつまみながら、チュチュは一つ頷く。
「でしたら、こういうのはどうでしょう」
手のひらほどのふわふわ焼きを半分に割いて、チュチュはそこに川魚のバターソテーを乗せた。さらにもう半分のふわふわ焼きで覆ってしまう。
バターソテーのサンドウィッチを齧った彼女の目が細められた。
「お持ち帰りだけで、中身は見てからのお楽しみ」
いたずらっぽく、チュチュは唇の端を持ち上げる。
やっぱりお店では出せない。でも、日常に帰ったあとも終わりじゃない。
「……はい。それはきっと、たのしい、ですね」
後日、持ち帰りに「ナアニのふわふわ焼き」が置かれるようになった。
ナアニとは、なあに?




