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24 猪骨と野菜のポタージュ


「それ、もらって帰っても、いい、ですか?」


 コッツがザクザクと肉を切り分けているのを手伝っていたミズクは、恐る恐るといった感じで口にした。


「いいけど、骨だよ」

「はい。煮ると、スープにお肉の味がするん、です」

「へえ。骨についてるのはこんなちょっとなのに、そうなんだねえ」


 関心したようにコッツはされこうべを揺らした。

 こそぎ落とされてほとんど肉のない骨を、ミズクは宝物でも貰ったように喜ぶ。

 骨肉を茹でて浮いてきた泡をしっかり取って、そこに細かく刻んだ野菜を入れて、もったりしてくるまで煮たスープは、彼女の好物の一つだ。


「コッツさんのお料理を、食べてる人たちが、食べるものではない、ですけど」

「ミズクがおいしいって言うんだから、それはおいしいはずだよ」


 まかないにコッツの料理を食べているのは、ミズクも同じだ。

 その彼女がおいしいというのだから、まずいわけはない。

 コッツは空っぽの頭の中に、骨で作るスープのことを覚えておくことにした。


 後日、コッツはふたたび肉を切り分けていた。

 大量に出た骨を一箇所にまとめて置いたのを、ミズクがちらりと見た。


「あー、ごめん。今日はちょっと上げられないかも」


 コッツがそういうと普段から下がりがちな眉を下げて、残念そうに肩を落とす。


「えっ……あ、はい。もう誰かに上げる約束、を?」

「じゃなくて、ぼくも試してみようかなって。できたのが満足いったら、持って帰ってもらっていいから」

「あっ……はい!」


 ミズクの表情がぱっと明るくなるくらい、嬉しいものらしい。

 それだけ喜ぶものとなると、コッツの中でどんどん期待値が上がっていった。

 いったい、どれだけおいしいものになるものかと。

 ミズクからざっくり作り方を聞いたコッツは、カツカツと歯を鳴らした。


「なるほど。まずはその通りにやってみようか」


 そういってコッツが煮込み始めてすこしすると、数頭、猪が厨房を暴れまわっているのではないか、という匂いがしてくる。


「わー、すっごい匂いしてるけどー、なんか失敗したー?」

「ミズクに教えてもらったスープ作ってるんだ」


 思わず、ワールが覗きに来るくらいの匂いだ。

 切り分けた肉を焼いただけでは、この匂いはしないだろう。


「だいじょうぶなのー?」

「たぶん。作り終わったらこの匂いは収まるって言ってたから」

「ふーん。……あとでコロンにお店洗ってもらわないとねー」

「紅茶とお菓子の店で、匂いがしたらまずいか。……失敗したかな?」


 くつくつと煮えていくスープを尻目に、されこうべが頼りなく揺れた。




        02


 スープは低い温度のまま、朝から暗くなるまで火が入っていた。

 鼻が慣れたのかにおいが落ち着いたのか、すこしずつ気にならなくなって、骨だけを煮ていたのに黄色がかって味がよく出ているのが分かる。

 すこしとって塩を振り、コッツは正解を知っているミズクに確認してもらった。


「これ、です。……うちで作るのより、もっと、おいしい、けど」

「ほんとうに骨からスープができるもんだね。ってことは、これから具材を煮ると、スープからスープを作ってるんだ」


 スープの味わいを濃くするために、まずスープを作る。

 猪骨を朝から晩まで付きっきりで煮るのこそ難しいけれど、この発想はコッツには目新しかった。


「よく考えてみると、贅沢、ですね」

「たぶん、とてもうちではできないと思う」


 こういったことができるのは店ではなく、個人か家で雇われた料理人くらいだろうとコッツは考える。

 大鍋をずっと火にかけておかなければいけないし、火の番も付きっきりだ。

 そのコストに割り当てる余裕は、コッツにはなかった。


「残念、です。こんなにおいしい、のに」

「特別な時にだけ作るならいいかもしれないね」


 できあがった猪骨のスープをちいさな鍋にとって、細かく刻んだ野菜といっしょに、またじっくり煮ていく。

 くつくつ煮られながら野菜から味が出て、その分だけスープが染みこむ。

 塩で味を整えてからコッツは思い立って、レモンの皮を細かくしてふりかける。


「スープにレモンです、か?」

「香辛料とかでもいいのかもしれないけど、余りもの同士ってことで」


 すこし癖が残った猪骨の香りを、レモンが引き戻してくれるのを期待して。

 実際、たっぷりと作られたポタージュは、あっという間に空になった。

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