22 まだ出来てない
「ふうむ。領地経営も楽ではないが、要望を聞くのもなかなか煩わしい」
ルスカ・ヴィナ・ノワは手元の報告書に目を通すと、眉間と目頭をもみほぐす。
机の前に立つ報告係は、ピリピリとした空気に気が気ではない。
なにしろ貴族をメイン客層に考えているから、わがままも貴族級だ。
常連になればなるほど、ヴィナ・ノワの経営している店というより、自分が贔屓にしてやっている憩いの場という意識が強くなってくる。
そんな彼らの要望という名の文句は、飲み物の種類が少ないことだった。
「紅茶と酒の銘柄でも増やせというのか?」
「それだけの種類を毎日仕入れるのは難しいかと……」
「ぬうう、貴族だから金は払えるだろうが、仕入れが厳しいか」
自分自身で仕入れのルートを作り上げるにしても難しい話だ。
将来的にそうすることはあっても、要望を解決したいのはいますぐなのだから。
「とりあえずのところはピケットでも仕入れますか?」
「ワインに飽きたと言ってるやつらが、残りカスで作った飲み物で満足するかよ」
ワインを作る際の、ぶどうの絞りカスを使って作る飲み物がピケットだ。
元からダメだと言われるのが分かっている話だから、提案した部下も残念そうにはしていない。
ほとんど冗談のような話で、ルスカは椅子に背中を預けて気分を落ち着かせる。
「……ピケットか。あれはどうやって上等か下等か決めるのだった?」
「よく絞るか、適当に絞るかで果汁の割合を増やすのだったかと」
圧搾後に水で薄める量なんかでも異なるが、濃淡で決めることに大差はない。
コツコツ指先でこめかみを叩きながら、ルスカは眉間にしわを寄せた。
「ふうむ。割合だが、そのままのワインと水で薄めたのは違う飲み物と言える」
「文字通りの水増しというわけですか?」
二人して冗談でくすりと笑えるぐらい、空気は和やかになっていた。
「それは冗談だが、ワインを飲みやすくするために混ぜ物をするだろう」
「平民が飲む安ワインの話です。貴族に混ぜ酒なんて出しては……」
混ぜ酒というのは、安酒をごまかして飲みやすくする安酒場のやり方だ。
味の問題もあるし、貴族は純粋な酒を好む。良くも悪くも、見栄もある。
「薄めた酒として出せば文句も出る。要望通り違うものとして出せばいい」
「……わかりました。調理場と相談してみましょう」
手元のメモ帳に書き留めながら、部下はルスカの悩みを自分のものにした。
02
厨房の片隅で、ルスカから悩みのタネを預かった部下と、彼と付き合いの長い料理人が小さくなって話をしていた。
料理人はタネの扱いづらさに眉をひそめる。
「また難しい話を持ち込んで頂いた」
「すまない。しかしルスカ様の悩みは少ないほうがいいでしょう?」
申し訳なさそうに言う男の表情は、悪びれたものではない。
しかし付き合いの長い料理人は、自分が断れないことを知っていた。
むかしから二人は、こういう関係だった。
「ずるい言い方をしてくれる。ま、やってみよう」
言ってしまえば、タダで酒が飲めるとも言える。彼にとっても悪くない話だ。
試飲用のカップを用意すると、二人は酒を混ぜて飲んで見る。
「ワインとブランデーをただ混ぜても大してうまくないですね」
舐めるように飲んだ部下は、うえっと舌を出す。アルコールが強すぎた。
「ピケットみたいに割合を変えてみよう」
さらに多くのカップを用意して、料理人はブランデーとワインの比率を変える。
舌が慣れないように水と交互に飲みながら、二人は額をくっつけた。
「……うん、この左のブランデーが一番少ないものがうまい」
「たしかにうまいワインだ。けれど新しい飲み物ではないか」
ワインにブランデーを垂らした程度のものは、コクも出て味が良くなった。
ただしそれはワインとしてで、新しい酒ではない。
「だったら紅茶みたいにミルクでも入れてみようか?」
「悪くない考えだ。病気の時に温めて飲むのは特にいい」
ルスカの部下がガリガリと頭を掻く。
ワインを温めてスパイスやハチミツを垂らしたものは、体を温めるために体調が悪いと飲む。子供用にアルコールを飛ばして割るのといっしょだった。
「言われてみれば風邪薬か。いい思いつきってのはなかなか浮かばないね。半分、果実水でも混ぜれば別物になるんだろうけど」
「それじゃあ子供の飲み物だ。……いや、さっきのワインを使えば行けるか?」
「試してみる価値はあるね」
二人は顔を見合わせた。
料理人は貯蔵庫からいくつかフルーツを持ってくると、絞ってブランデーが多すぎるワインに混ぜた。
よく混ぜてから飲んでみると、二人はまた目を見合わせる。
「……これはいいよ。まだ混ぜものの感じはするけど、寝かせれば落ち着く」
「たしかに新しい。けれどもう少し強くてもいいか」
フレッシュなフルーツが、強いアルコールと深い香りと若くしている。
しかしアルコールのパンチは強く、子供が飲むものではない。
「いや、これぐらいの方がキツくなりすぎないと思うけれど」
「どっちの舌を信じるかだが、同じ分量で作るのは骨だな」
料理人とルスカの部下はもう一度、目をじっと見合った。
頼みごとをよく聞いてくれる男は、味に関しては譲れない一線を持っている。
両手を上げて、ルスカの部下は折れた。
「バラつくか。……だったら、それごとにしよう」
首をひねった料理人は、言いたいことを理解して悪そうな笑みを見せる。
「なるほど。お前は手抜きの天才だな」
「それ、褒めてる?」
ルスカの部下は、アルコールの苦味を思い出したように笑った。
03
「ほう。新しい飲み物とな?」
「はい。評判もよく、オススメさせて頂いております」
「だったら一つ貰おうか」
二号店に機嫌よく訪れた貴族の青年は、新しい刺激を楽しもうとしていた。
数分後、楽しみにしていた期待は、無残に打ち砕かれた。
「私をバカにしているのか?」
彼の額に浮き出た青筋は、屈辱と侮辱に震えている。
テーブルへ並べられたのは、新しい飲み物ではない。
いくつかのアルコール類、絞った果汁、ハチミツや砂糖などの甘みをつけるものと、少量のスパイスだ。
「とんでもないです。これから、世界に二つとない新しい飲み物になります」
「まさか、混ぜ酒を飲ませるつもりではないだろうな?」
「そのまさかです」
「ふざけるのも大概にしろよ!」
安酒場のまねごとを目の前で見せられるなんて、冗談にしても出来が悪い。
怒りに身を任せて青年が立ち上がろうとしたところで、従業員は首を振った。
「お客さま。紅茶にブランデーを垂らして飲むのは卑しいでしょうか」
「はあ? ……ふん、言葉遊びだな」
立ち上がろうとした青年は、深く息を吐いて席に腰を落ち着けた。
それから顎をしゃくって続きを促す。
「ありがとうございます。おっしゃる通りに、安酒場のそれは、質の悪さをごまかすもの。しかし当店の『新しい飲み物』は、それとは違います。相性のいいものを組み合わせて、さらに良くする。白パンにバターを塗るようなものです」
説明を聞いてみれば、青年の怒りもだんだんと下火になってくる。
仕組みは十分に納得できるものだった。ただ、いまいち飲み込めない。
「それなら、最適な組み合わせを店が作らないのは怠慢じゃないのか?」
「おっしゃる通りです。しかしながら、人の舌は好き嫌いがあるものですから」
申し訳なさそうに頭を下げる従業員に溜飲を下げて、青年は鼻から息を吐いた。
「まあいい。やってみよう。この空のグラスに入れればいいのか?」
「はい。すこしずつ味を見ながら試すのがよいかと思われます」
言われて、青年はワインを舐めてから多めにグラスへ注いだ。
ブランデーをすこし垂らしてもう一度味を見ると、眉をしかめる。
彼の好みにはすこし強すぎた。ワインに手を伸ばして止めて、果実水を取った。
濃い紅色が鮮やかになるぐらいに果汁が混ざって、青年は味を見る。
「もうすこし強めてもいいか? いや、ハチミツかスパイスで……」
独り言を呟きながら、彼は少年のように表情を変えていく。
やがてぴったりと自分の好みに決まったようで、一仕事終えた後のような充実感に目を輝かせる。
「……その、なんだ。悪くないな?」
「お気に召していただければ幸いです」
頭を下げて、従業員は持ち場を下がる。
自分で作ったという達成感と、試行錯誤する楽しさ。
それらを総合して体験ごと売る『新しい飲み物』は、看板の一つになった。




