19 夜を待ちわびる
「今日はここらへんで休むかぁ!」
「あいーっす!」
男が空の様子を見ていると、どうにも雲が厚く暗くなるのが早かった。
荷馬車の御者席から後ろへ大声で呼びかけると、なんと言ってるのかもわからない反応が返る。
ぞろぞろと続く荷馬車の群れから、輪唱のように声が続く。
キャラバンは進むのを止めてぞろぞろと集まり、テントを組み立て出す。
ゴトゴト揺れる馬車から降りて体を動かすのは気持ちがいいから、年齢や序列に関係なく、誰もが率先して仕事を始める。
川沿いを進んできていたこともあって清潔な水がたっぷりある。
商人たちはかまどを組んで火を焚くと、水を張って黒パンを削り入れた。
火で炙るだけではまだ固いものも、パン粥にしてしまえばやわらかい。
商人たちは笑いながらワインやピケットを呷って、鍋にチーズを削り入れる。
それとは別に商隊を率いる男は、小さな鍋で自分の湯を沸かしていた。
「隊長。ワインはやらないのか?」
「水が飲める時にワインはもったいないからな」
「根っから商売人だねえ」
苦笑する男はワインの入った水筒を揺らしながら竈を囲む。
「そうでもないさ。疲れを癒やす贅沢ぐらいはする」
ぐらぐらと湯が沸き立ったところでかまどから下ろすと、商隊長は手荷物からザラザラと黒いものを取り出した。
それを手のひらにちょっとだけ乗せると、湯の中に落としてしまう。
すると、すぐにふわりと甘く華やかな香りが広がった。
夜というのもあり火の近くだから水色は分かりにくいけれど、鮮やかな紅がすこしずつ滲み出す。
「へえ。そいつが隊長の贅沢かい」
「ああ。護衛をしていた冒険者に貰ったことがあったんだが、それ以来ね」
ふわりと揺れる茶葉を沈めながら、彼は上澄みを啜った。
息が漏れるような安堵感と、口の中を引き締めるようなすこしの渋み。
新鮮な水なら、すこし乱暴な淹れ方でも茶葉は応えてくれる。
「……ずいぶんうまそうに飲むね。酒よりうまいかよ」
「俺にとってはね。高いが、買う価値はあった」
「そんなもんかねえ。っと、メシが出来上がったみたいだ」
「黒パンのチーズ粥か。こんな夜だ、温かければごちそうだ」
曇天の夜、湿気が服の隙間から入ってくるように冷え込む野外。
立ち上る湯気がキャラバンのみんなを温めた。




