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17 むかしの味

 夢の残り香を嗅いだまま彼女は目覚めた。

 目元から垂れ落ちる一筋は、懐かしさと愛しさが混じっている。


「……最後に食べたの、いつだったかな」


 暖かな跡を手で拭ってベッドから体を起こし、夢の中へ消えていく味わいを心に繋ぎ止める。

 子供から脱しようとしているシニョン・キスキィは、数えるくらいしか食べたことのない家族の味を求めていた。


 彼女が仲間たちと取る朝食の時間は、子供たちばかりだなのに騒がしさはない。

 むしろ食器の音さえなるべく立てないように神経を配っている。

 アンペザントの使用人が見張る中での食事は、マナーの訓練も兼ねていた。

 楽しくはないけれどそれも慣れたもので、仲間内同士だから目だけでも意思の疎通が取れる。

 だから普段なら背筋を伸ばしてキレイに食べ進めるシニョンの様子がおかしいのも、正面と両隣の仲間はすぐに気づいてしまう。

 目で合図するのに、彼女は自動的に食事を片付けるように食べている。

 あまりにも反応しないものだから肘で突いてみても、曖昧な視線を返すばかり。

 やりすぎて気づいた使用人に睨まれると、彼らもおとなしく食事を片付けた。




「シニョン、今日は調子悪そうだな」


 アンペザント家から三号店へ向かう途中、馬車に揺られる中で声をかけられて、彼女は自分の額に手を当ててそれを否定する。


「いいえ。熱もないし、食欲もきちんとあるけれど」

「気が入ってないって言ってるんだよ。朝食の時、目やってたのに」

「そうだったかしら?」

「やっぱりだ。悪いもの食べたってことはなさそうだし、心配事か?」


 仲間たちは、彼女がディアボラから目をかけられ始めていることを知っている。

 期待株だから心労なんかもあるだろうけれど、それをなかなか表に出さない。

 また難しい課題でも出されたのかと思っていた。


「そうではなくて。……多分」


 寂しい、という言葉はどうしてもシニョンは声に出せなかった。

 多くの仲間たちが居て、生き別れた姉に会うことも出来る彼女は、比較的恵まれている。

 口を結んで続けようとしない彼女を頭を、年上の兄貴分が掻き混ぜた。


「なぁに変な気使ってるんだよ。遠慮なんかするな。お前も子供なんだから」


 呆然として彼を見上げながら、手櫛でぼさぼさになった髪を直す。


「あー、あれね。……言葉にできないけど、オレもたまにあるよ」


 シニョンと同じ年頃の少年は、腕組みをして訳知り顔で頷く。

 彼らがホームシックや郷愁に襲われるのは、ある意味で恵まれているおかげだ。

 生活に追われてそんなことも思う余裕がなければ、寂しくもない。

 恥ずかしさに顔を赤くして、彼女は首を縦に振る。


「夢を見たの。むかしの夢。お母さまが作ってくれた料理の味を思い出して」

「うまかったのか?」


 シニョンの心にふわふわ漂う印象は、正確な味ではない。

 食べた時の雰囲気が混じっていて、レシピもうろ覚えだ。


「料理人より上手とは言わないけれど、ほっとする味だった」


 胸のつかえが下りたような顔で言う彼女の表情を見て、兄貴分は一つ頷く。


「だったらさ、今日のまかないはそれにしようぜ。今日は俺の担当だ」

「そんな……いいの?」

「妹を慰めるのは、兄貴の仕事だろ?」


 ドン、と胸を叩いて彼は言う。

 料理人志望の兄貴分は、歯を見せてにっかり笑った。

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