14 人目をはばかる
01
「補充しておいたほうがいいものってあるかしら?」
閉店後、在庫のチェックをしながらチュチュとコッツは保存庫を覗いた。
厨房の横に併設されたそこは、いくつも大きな袋や壺が置かれている。
保存のために光が入らず暗いけれど、彼の黒い眼窩はものともしない。
「えーと……ああ、野菜とお肉が減ってきました。ティレントたちを借ります」
「わかりました。野菜は町で買うものがあれば、その時に」
一つ頷いて、チュチュは次の場所のチェックに移っていく。
コッツは足りないものを書き留めていくと、ホールで作業をしていたティレントたちに声をかける。
「悪いんだけど、狩りをしてきてもらっていいかな?」
「ちゃのー!」
「もけー」
「ぷににっ!」
色好い返事をする三匹は、うれしそうに体を動かす。
戦士としての役割はもうやらないと言っても、狩猟は彼らの楽しみの一つだ。
「ありがとう。くれぐれも見つからないようにね」
「ちゃの、ちゃのの、ちゃのー」
「もけもも、もけー」
「ぷにー」
わかっている、とばかりに返して三匹は、残りの仕事を片付けに動いた。
それから深夜。
日をまたいだ頃合い、寒々と冷えた空気の中で正面ドアが開かれる。
貴族や狩人は早朝から始めるけれども、彼らはそれよりも早く動き出す。
まだ暗い夜の中、領地の畑に向かうのはコロンだ。
ティレントやトリギュラは擬態である程度ごまかすことができるけれど、コロンはそうはいかない。
だからよそ者が入り込まないこの近辺を担当することが多かった。
花畑ではあるけれど、その他に野菜なども作っているから、それを目当てに動物たちが狙いに来ることがある。
それを捕らえるのがコロンの狩りだ。
「ぷにー……」
がさごそと音がするのを聞きつけて、コロンはぺにゃりと背を低くする。
草をかき分けるのは野うさぎだった。
いまは畑外の草を食べているけれど、立った耳が周囲を探っている。
もぐもぐとやっているのに、視線は畑に釘付けだった。
地面へ這いつくばったままコロンが音を立てずに近づく。
外敵の気配を感じ取れなかった野うさぎが畑へ足を踏み入れた瞬間、コロンは鋭く伸びて脚を捕まえた。
「プーっ!?」
「ぷにーぷに、ぷににっ」
じたばたと暴れるところをするりと飲み込むように、野うさぎはコロンの体に包み込まれた。
鳴き声さえ飲み込んで、コロンはふたたび体を低くする。
空が白んで来るまで、畑を狙いに来る動物たちを捕らえる狩りは続いた。
02
トリギュラは大鳥になって空を飛び、ティレントを連れて山を一つ越えていた。
この山は、まだ誰の領地でもない。
ティレントは木々に紛れるようにしてもっと深くを進み、トリギュラはすこし拓けた場所に身をかがめた。
白い息を吐き出して、トリギュラは周囲に視界を配る。
馬のように目を移動させた視界は、ほぼすべてを見ることができた。
――ひゅう。
という吐息が漏れた。
夜にまぎれていく吐息は細い。いまのトリギュラは、仔馬の姿をしていた。
一匹だけで取り残された格好は、あまりにも無防備だ。
視線がキョロキョロとあちこちを行き交って、まるで本当の迷子のように。
――ひゅう。
という高い鳴き声がわずかに響く。
草をが揺れる音が重なって、その声をかき消す。
しかし広い視界は、はぐれ仔馬を狙う腹を空かせた熊の姿を捉えていた。
――ひゅう。
三度、糸のように細くたなびく吐息が流れる。
熊にも気づかない哀れな仔馬に、そっと巨体が近づいていく。
唯一、カバー仕切れない真後ろに回った熊は、一度で飛びかかれる距離まで迫る。
そして四度目の呼吸をしようかという頃合い、大きな影が土を掻く。
「もけー!」
その瞬間、元の姿に戻ったトリギュラの蹄が熊の額に叩きつけられていた。
弱い者は襲われる。
自然の摂理を利用した『釣り』は、あっという間に獲物を捕らえた。
一方、大物狙いのトリギュラと違って、ティレントはそれほど奇をてらわない。
森の腐葉土に潜ると、根を伸ばして地面の様子を捉える。
響く振動で動物がどこに居るか、どう動いているか手に取るようだ。
「ちゃのー……」
土の下に潜って数分ほど、夜行性の動物が動いているのを感じた。
根の先を増やしてさらに感覚を広げると、イノシシほどの大きさのが二頭と、それより小さいのが二頭いるのがわかる。
ティレントはすっと根を縮めて、そこから文字通り手を引いた。
番いや子を襲えば数が減りすぎるから、手を出さないと決めていた。
けれど、あとはどれだけ探ってもほとんど動いていないか小物ばかりで、獲物になりそうなものはない。
「ちゃーのー、ちゃののー」
地表を探すのを諦めたティレントは、腐葉土の中から出てきた。
それから土も払わずに枝を伸ばし、空から近いところに果実を成らせる。
甘い成分をたっぷりと含んで旬の香りを放つ果実は、魅惑的だ。
その匂いを嗅いだ動物たちが、ひっそりとそれに目をつける。
あの果実を齧るには、ティレントが伸ばした枝を上らなければいけない。
しかし、そうしないでも果実を取れる動物も居る。
ちょっとずつ明るくなり始めた空から、ホウホウと鳴く声が聞こえた。
独特の鳴き声を繰り返すそれが目ざとく、甘い果実を見つける。
ヒュン、と急降下した一羽の鳥が果実を脚で捉えるのと同時、枝分かれした細い蔦がその体を捕らえた。
「ちゃのっ」
細く枝を並べて即席の鳥かごを作ると、クチバシを封じたティレントはそこに獲物を入れた。
大物狙いではなくても、鳥一羽ではたかが知れている。
場所を変えて、ティレントはまとまった量が確保できるまで続けた。
周囲が見えるようになると目立つ後だけを直して、二匹は山を発った。
すこしだけ静かになった山が、獲物を担いだ大鳥を見送った。




