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11 しおかぜ風味

 たまごをかき混ぜながら、メメドットはハチミツの小瓶を手に取った。

 もちろん、ガラトリッサ家の厨房には雇われの料理人が居る。

 彼からしたら、自分の仕事場で他人が好き勝手するのは面白くないだろう。

 入り口から睨めつけるような視線を背中に受けながら、彼女は作業を続けた。

 よく溶いた卵にハチミツとミルクを入れてから、ホンのすこし塩を強めに振る。

 腕組みをして作業を見ていた料理人は、くわっと目を開いて一歩踏み出す。


「待て。そんなに塩を入れてはしょっぱすぎないか?」


 彼はたまごとミルクとハチミツを混ぜて、栄養のある飲み物をつくるものだと思っていた。

 それにしては、甘みを強めるための塩が多すぎる。


「甘い飲み物ではなく、甘じょっぱいスープに近い味にしようかと思いまして」


 手が止まったメメドットは、すこしだけ背中を丸めながら答える。

 脅かすつもりでなかった料理人は、伸ばした首を引っ込めて手元を見た。


「あまりこちらの塩の使い方ではないが……味見をさせてもらえるか?」

「できあがったらお願いします。カナノァラ様のお口に入るものですから」


 頷いて、彼はまた腕を組んで壁に背中を預けた。

 メメドットはかまどの様子を見ながら、スープを小さな鍋にかけていく。

 かき混ぜていくうちに火が通って、すこしずつとろりとしてくる。

 彼女はすぐに鍋を火から下ろして温度が落ち着くまでスープを混ぜる。

 味見をと小皿にとって飲めば、思った通りの味わいが舌に広がった。


「できたなら、味見をしてもいいか?」

「ほんとうはもうちょっと冷めてからのほうがいいんですけれど……」


 料理人から見て、塩の量を除いて不可解な点はなかった。

 カスタードや、生クリームとレモン汁を混ぜて冷やし固めたポセットに似ているようで、もっとシンプルだ。

 差し出された小皿から飲んで、彼は眉間にしわを寄せる。


「スープのようで、甘い飲み物のようでもあり……」

「おいしくありませんか?」

「わからん。しかし、妙に後を引く味だ」


 まったく未知の味わいなら、彼もここまで混乱することはなかった。

 なまじ知っているようで間違えてしまったような味わいだから首をひねる。

 麦やパンを粥にする場合は、甘みをつけずに塩味に寄らせる。

 逆に飲み物なら塩味はほとんどつけない。その中間のむず痒さがあった。


「塩が違うので心配だったんですけれど、いいみたいですね」

「塩? 海の塩で作るものなのか?」

「あっちのほうが塩味が丸くて、複雑で膨らみますので」

「ふーむ。……変なものではあるが問題はなさそうだ。持っていていい」

「ありがとうございます。それでは冷たくならないうちに……」


 深いスープ皿に移すと、メメドットはトレイでこぼさないように運んでいく。

 行き先は食堂ではなく、カナノァラの私室だ。ノックをすると、呻くような小さな声が帰ってくる。


「失礼します。スープをお持ちしました」

「ああ、ありがとう。……はあ。季節の変わり目はどうにも弱くてね」


 ベッドから体を起こしたカナノァラの顔は赤い。

 昨夜に倒れてから臥せっていたせいか、血色が良くてもどこか翳って見える。


「それが君の故郷の回復食か。なんだかクリームみたいだ」

「小麦粉抜きのカスタードみたいなものです。ちょっと塩が入ってます」

「どれ……うん、塩が入っているわりにどこにも棘がない」


 メメドットに一匙飲ませてもらったカナノァラは、すこしずつ味わって飲む。

 たっぷりかいた汗のせいか、スープの塩味もそれほど強く感じなかった。

 クリーム煮のようにパンが欲しくもならないけど、カップで呷るものでもない。

 なめらかなとろみが喉に優しく、カナノァラは小鳥のようにスープを欲した。


「……はあ、飲み切るとは思わなかった。思ったよりお腹が空いていたらしい」

「食欲が出てきたなら、治るのも近そうでよかったです」


 空になったスープ皿をにこりと眺めて、メメドットは小さく頷く。


「このスープは君の故郷の?」

「はい。子供は病気の時に、大人はお祭りの後に飲むんです」

「……ははあ。たしかに破鐘の日でもこれなら飲めそうだ」


 祭りの日、お酒を飲みすぎると翌日の朝はこの世の終わりのような頭痛がする。

 そんな体調でもカナノァラは、いま飲んだスープなら喉を通るような気がした。


「それなら、舞踏会の後にもまた作ってもらおう」


 くすくすと笑って、彼女はお腹の中から体が温まるのを感じた。

 すこし疲れて、またベッドに横になった。

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