空-海 国境の門1(ナイト)
スカイ王子が目覚めれば、すぐに追っ手を差し向ける……いや、自身も追ってくるに違いなかった。
ナイトは取り急ぎソーラ姫を連れ町の外に出て、そこから五キロほど離れた小さな村で少年用の布の服と皮の靴を買った。
嬉しそうに着替えた王女はどこからみても、何かいわくがあって変装している上流階級のお嬢様にしか見えなかったが、それでも豪華ドレスよりは目立たない。
「西の塔のいいところは、あそこに魔術書の倉庫があったことだね」
姫君はそう言って嬉しそうに小石をつま先でつついた。
その左足首には、鎖を切ってもまだなお残った足かせがついている。
だが、ソーラがはめていると、何故か高価な装飾品に見えるので違和感はない。
「四年間、退屈することなかったのはそのお陰だよ、魔法、かなり覚えたし」
それでこの歳でダンジョン抜けの魔法などが使えるようになったのだろう。
「改良もしたんだよ、今までバックホームの魔法は消費MPが8だったんだけど、それを効率よく魔力を収束させるようにして1で済むようにしたりとか」
MP、即ちマジックパワーとは、魔法を使うためのエネルギーのようなもので、個々人によって持っている量が違う。
呪文を唱えると呪文内容に応じて、そのMPは減っていき、不足すると魔法が使えなくなる。
高等な魔法ほど消費MPが大きいのが普通だ。
通常は宿屋で休むと、体力と同じようにMPは回復する。
また、経験値を増やすと使えるMP、すなわち最大MPも少しずつ増える。
「バックホームも使えるのですか?」
先の姫の台詞に気になる箇所があったので、ナイトは念のため確認した。
バックホームとは、有名な移動の魔法だ。
唱えれば城や町などに、瞬時に移動することが出来る。
「使えるけど……」
「じゃあ、なぜこんなして歩いてらっしゃるのです?」
ソーラは肩をすくめた。
「僕は生まれてこの方、空の城の外に出たことがないから」
ナイトは頷く。
バックホームは一度行ったことのある場所にしか移動ができない。
従って、今彼女が行けるのは空の城だけということになる。
「お育ちから考えれば当然でしょう」
ソーラは嫌な顔をしてナイトを睨む。
「だから敬語使わないでって」
「しかし……」
「大体、君が年下の男に敬語使ってるのを他人が聞いたら、なんかいかにも僕って怪しい奴みたいじゃない」
ナイトは眉をひそめる。
「失礼ながら、同い年です」
ソーラは目を丸くしてこちらを呆然と見た。
「…………えええっ~! そんなにでかくて大人びてるのに?」
驚きすぎだろう。
「と、とにかく、どっちにしても不自然だって」
敬語を使おうが使うまいが、姫はいかにも怪しく見えることだろうが、仕方なしにナイトは頷く。
「御意」
「御意じゃなくて、ああ、わかったっていいなよ」
「……ああ、……わかった」
と、そのときだった。
「!!!」
目の前に飛び出してきたツノ兎。
だが、ソーラが一本指を立てるとそいつはぱたりと寝てしまった。
「…………」
ナイトは黙ってツノ兎の角を切り、リュックに放り込む。
角は一個3Gで売れる。モンスターを三匹倒して三個目だから、これで9Gだ。
安い宿屋なら食事もつくぐらいの金額をかせいだことになる。
決してナイトは吝嗇家ではなかったが、状況から考えると金はなるべくたくさんある方がいい。
「……ふう」
見ると、ソーラは側にあった岩に座り、ナイトの作業をぼおっと眺めていた。
疲労が色濃い。
元気に振る舞おうとする根性はけなげだが、限界を超えて倒れられても困る。
ナイトはリュックから水筒を出す。
「どうぞ」
薬草を煎じた飲み物を渡すと、ソーラは首を振った。
「これ、酸っぱいからやだ」
「そう言わずにお飲みなさい」
「回復魔法あるもん。」
姫は擦りむいた膝の上で、軽く手を振った。
それは下級魔法で、軽い筋肉疲労やちょっとした切り傷などに効果がある。
「MPは大事にしないといけません」
「ナイトが敬語使うからやだ」
思わず眉間にしわを寄せる。
ああいえばこう言う。
「……飲め」
すると、どうしてかソーラは微笑んで薬草を受け取った。
こういうのをあまのじゃくと言うのだろう。
「ありがと…………すっぱっ」
ソーラは緑に染まった舌を出す。
(……せっかくこれだけ美人なのに)
物語に出てくる儚げなお姫様のイメージががらがらと音を立てて崩れていくのを、ナイトは眉間にしわを寄せて見送った。
「今日は野宿になりそうです」
「……ごめんね」
「え?」
夕日に髪を染めながら、ソーラがこちらを見る。
「僕につきあわなきゃ、一号線使えるのに」
空の城から海の城を通り、そして大地の城に続く道は、三日月型の島の内弦、つまり東側の海沿いを通っていることからかつては東海道と呼ばれていたが、先代の海の城の王が整備してからは国道一号線と呼ばれるようになった。道なりに町や村も多く、人が多いので魔物も少ない。
しかし、恐らくやっきになって姫君を探すだろう空の城の追っ手は必ずそちらを探す。
そこで、魔物は多いがある意味安全な西側の山越ルートを選択したのだ。
「海の城との国境を過ぎれば、楽なコースを使えます。それまで我慢ください」
「だから~」
ソーラが膨れた。
「僕らは友達にはなれないの?」
とらわれの姫君と、それを救った隣国の武人とが友情をはぐくむという話など聞いたことがない。
もちろん、とらわれの姫君が実は男で、出てくるモンスターも武人が手を出すより先に倒してしまうというのも聞いたことがない。
「それは現状、無理だと思います」
姫は驚いた顔でこちらを見た。
「……どうして?」
ナイトはため息をつく。
「ご自分の行為を振り返り、そしてそれが友情をはぐくむに相応しいかどうかを検討ください」
「意味、わかんない」
「頭があるなら使えばよろしい」
ソーラはぷうっと膨れた。
「いじわる」
「そんな顔をすると、スライム王になります」
「え?」
それはナイトの故郷では、親がむくれた子供に使う慣用句である。
だがソーラは初めて聞いたのか、目を見開き、
「……ナイトって」
そして、いきなり腹を抱えて笑い出した。
「可笑しいや」
おかしいのはお前だ。
そう思いはしたが口に出すのは差し控え、ナイトは山の上を指さした。
「野宿とは言いましたが、もう少し先まで歩きます。せめて、魔物に襲われにくく、また襲われた時に防御しやすいところまで行きましょう」
「わかった」
よっこらしょっといった感じでソーラは立ち上がり、そして道とも言えない道を歩き始める。
その足の上がり方は最初の頃の半分以下の高さだ。
ほとんど引きずっていると言っても過言ではない。
「俺が前を歩きます」
「いいよ、いちいち後振り返って、僕がついてきてるかどうかを見るの、面倒だろ?」
「藪こぎしないといけませんから」
「藪こぎって何?」
「藪を切り払って道を造るのです」
言いながらナイトは後から姫を抱き上げた。
「きゃっ!」
想像以上に軽い。
「お静かに」
そうして足をばたつかせてぶーたれた姫を自分の後に置くと剣を抜き、藪をなぎ払いながら前へ進んだ。
「小火球で木を燃やしちゃダメ?」
小火球とは小さい火の玉を出す初級魔法だ。
「山火事になったら大変ですからやめてください」
ナイトはそのまましばらく歩き続けた。
姫が嫌がるので、後は振り返らず、気配でちゃんとついてきているかどうかを判断する。
「……暗くなったね」
東の空に星が瞬き始めた。
急激に気温が下がり、虫の声が響き始める。
「少し休みますか?」
「ここが目的地なら休む」
意外に強情な姫は、あからさまに庇われることを嫌がる。
ナイトは仕方なくそのまま歩き続けた。
「ねえ、あれって明かり?」
ソーラの指さした方向に、確かに小さなともしびが見える。
「そのようです」
「人が住んでるの?」
普通はそうとしか考えられない。
「恐らく」
近づくと、丸太を組み合わせて作った小さなロッジが見えてきた。
(……良かった)
正直、姫は限界だろう。
「こんばんは」
鍵がかかっていなかったのでそのまま家に入ると、初老の男が一人、暖炉の前に座っていた。
「珍しいな、客人とは」
木こりらしき服装をしたその男は家の隅を指さす。
「椅子は自分で勝手にもってきな」
「はい」
「食い物は残念ながら、山鳥のシチューがあと一人分切りだが、二人で半分わけするかね?」
「ありがとうございます」
よたよたとした姫が、部屋の隅の椅子を持ってテーブルの側に置いて座った。
明るいところで見ると、顔面蒼白だ。
限界ぎりぎりまで我慢したのだろう。
「街道が整備されてから、ここを通っていくのは泥棒かスパイのたぐいだけになっているが、あんたたちはどちらかね?」
「どちらでもありません」
木こりは小さな木の椀二つにシチューを均等に盛り分けた。
「ま、まずは食え」
「ありがとう」
ソーラは嬉しそうに椀を受取り、スプーンで一口食べる。
「おいしい」
「そりゃ、三日煮込んでるからな」
木こりは二人を交互に眺めた。
「泥棒でも他国のスパイでもないとすると……」
そしてぽんと手を叩く。
「なるほど、いいところのお嬢さんとその家庭教師が駆け落ちか」
「んっ!」
ソーラは真っ赤になり、それから真っ青になった。
口に入れたシチューが変なところに入ったらしい。
「ごほっ、ごほっ」
木こりは頷いた。
「図星じゃな」
ナイトは首を振る。
「残念ながら違います」
「見当違いにもほどがあるよ!」
ようやく咳き込みから復活したソーラが大きく首を振った。
「男同士で普通、駆け落ちはしないから」
「……………………え?」
木こりはまじまじと姫君を見る。
「うええ~っ、男?!」
「そう」
目を見開いて木こりは首を振る。
「ほんとに玉、ついてるのか?」
姫が頷いたので、ナイトはその頭を押さえつけた。
「嘘をついてはなりません」
「ついてるもん。顔に二つと心にでっかいのが」
「それは、目玉と肝っ玉でしょうが!」
「肝っ玉は心じゃなくて肝臓じゃなかったっけ?」
木こりはまた首を振る。
「……まあ、いい」
そうして訳知り顔に二人にほほえみかけた。
「言いたくないことは詮索しないことにしているからな」
「いや、その……」
「とにかく、今日は休め。いずれにしても君らは元来た道を帰らねばならんし」
「えっ! 何故?」
ナイトもさすがに驚いた。
「明日話す。取りあえず今日は休め」
ナイトは頷く。
ソーラを一刻も早く休ませたいとは思っている。
「わかりました」
「奥の部屋を使うといい」
「はい」
「ベッドはダブルのが一つしかないが、なに、男同士であるということなら、まあ問題はないだろう」
「…………え」
木こりはにやにやと笑った。
「じゃ、俺も今日は早く寝たいから、さあ、あっちに行った、行った」
シチューを飲み干し、二人は追われるように隣の部屋に入る。
「ほっとした~」
ソーラはうーんと伸びをして靴を脱ぎ、嬉しそうにベッドに倒れ込んだ。
そしてそのまま動かない。
「では、お休みなさい」
と、姫は怪訝そうに、目だけでこちらを見た。
「何言ってるの、君も早くこっちに来なよ」
「俺は床で寝ますから……」
「どうして?」
「どうしてって、二人でベッドに寝るわけにはいかんでしょう?」
「充分広いよ、これ。それに某ロールプレイングゲームでは一つのベッドに四人寝ることあるし」
それはソフトの仕組みの問題であり、8作目以降は改善されている。
「俺は寝相が悪いから……」
「嘘、こないだ仮眠とったとき、僕ずっと見てたけど、君はぴくりとも動かなかったよ」
「俺は人が横にいると寝れないのです」
「じゃあ、僕が床に寝るから、君、こっちで寝なよ」
「それはできません」
明日朝も早いのに、どうしてこんなことで時間を使わなければならないのだ?
「どうして?」
「どうしてでもです」
「理由が明確でなければ僕は納得しない」
「男女が同じ布団で寝るのは問題です」
「僕は男だってば」
「未来にはそうかもしれませんが、今は違います」
「そもそも男女が一緒に寝るってことのどこが悪いの? 僕、よくスカイと一緒に寝たよ」
(いっそ、下々の者は外で寝ろとかいうタイプだったらよかったのに)
ソーラが普通のわがまま王女様でないことを思わず呪う。
(疲れてふらふらの癖して)
目なんか、さっきから無理矢理開けている風情だ。
ナイトはため息をついた。
「では、失礼して」
靴を脱ぎ、ベッドに座る。
どうせこの調子なら、ソーラは明かりを消すと同時に寝付くだろう。
(……それから床に移れば、無駄な言い合いする必要もない)
ナイトはランプの明かりを消し、布団を掛けて横になった。
「お休み、ナイト……」
そうして言ったしりから、寝息が聞こえる。
(……まったく)
だが、次の瞬間だった。
「なっ!!!」
そっと起きあがろうとしたナイトの右腕を、あろうことかソーラは両腕でがっちりと掴んだのだ。
「な、な、何をっ!」
「ん、スカイ」
腕にからまった指を外そうとすると、ソーラは寝ながら厭々をするように首を振り、ナイトの腕を抱き込んだまま、頭を乗せて枕にしてしまった。
無理にはがすと目を覚ましかねない。
「お、お、おいっ~」
冷や汗が脇の下を伝う。
(あまりに自覚がなさすぎる)
ナイトは早鐘のように打つ心臓をなだめるため、彼女の父や弟の顔を想像してみる。
まさかと思うが、そういう教育を彼らから受けていないのか?
寝息とともに、ソーラが何やら呟いているのが聞こえた。
「……父上~、寒いから押しくらまんじゅうしよ」
(……教えているとは思えんな)
がっくりと力なくナイトはうなだれた。
U18国際武術大会の決勝の時ですら感じなかった緊張で身体が強ばる。
そんな彼の心を露ほども知らず、ソーラは隣で幸せそうな寝息を立てていた。