空の城2(ナイト)
「遠路はるばるご苦労であった」
空の城の王は人の良さそうな小太りの男だった。
その隣に座っているのは長男のスカイ王子か。
父と違って骨格はがっちりとしており、面構えも子供にしてはしっかりしている。
「大船で来ましたので、さほどの苦労はございませんでした」
この時代、昔に比べれば若干少なくなったとは言え、まだ森や山には多くのモンスターが潜んでいる。
だがアース連合王国近辺の海域は妖怪系の魚ぐらいしかおらず、高さが20m程度の船であれば、怪物に襲われることはなかった。
「そなたの祖父はあの有名な海の城の常勝将軍サリヴァンだったな」
「はい」
「ならば既に剣や兵法は全てマスターしているのだろう? 先日も確か海の城の武術大会で優勝し、そのあとのU18国際大会でも色々な賞をかっさらったとか」
「まだまだ未熟です。基本の域は出ません」
王は笑った。
「謙虚なことよ。この海の王の書いた親書にも、そなたのことが書いてある。この国で一番の勇者になる男だから以後見知りおけとな」
ナイトはさすがに汗をかいた。
「滅相もございません」
「それから何か悩み事があれば、どのようなことでも申しつけて欲しいと書いてあったわ」
「はっ」
王は再び笑う。
「だが、申し出はありがたいが幸いその必要はござらん」
「と、言いますと」
「我が国には悩みなどござらんからな。そのこと、何度海の王に言ってもわかってはもらえない」
少しナイトは悩む。
差し出がましいことを配下の分際で話していいものかどうか。
しかし、自分は王の名代だ。
何かをやる前に追い返されるぐらいなら、無礼承知で食い下がってみることにする。
「姫君のことを、我が王はいたく心配されておられました」
「はて、あいつがなぜ?」
「マリン王子とお歳が近いこともあり、両城がこれからも仲良くよしみを繋いでいくことをお望みだからと推察いたします」
「なるほど……」
王は突然鼻を高くした。
「あの子は引く手あまたでな。先日もエルメス帝国の大帝から、第一皇子の婚約者にどうかという打診があったばかりだ。四年前には、マーズ皇国の皇帝から、皇太子と娶せたいとの申し出もあったし……」
エルメスにマーズ。それらはアース連合王国とは比べものにならないほど歴史も長く国としても大きい。
(……マリン王子など問題外だな)
政略結婚が当たり前の王家だし、こんな小さな城の主なら、より大きな国とよしみを結びたいと考えるのは当然だ。
だが、そこでナイトはふと顔をしかめた。
(……それが姫君の不調の理由では?)
例えば小さい頃にマリン王子と結婚の約束などをしていて、それなのに違う嫁ぎ先を父が言うモノだから、拗ねて塔にこもってしまったとか……
アース連合王国の三つの城は仲が良く、それなりに交流もある。
マリン王子と姫に面識あっても不思議ではない。
「安心いたしました。それでは姫君は息災であらせられるのですね」
「ああ」
「人前にお出にならないと言うことで、我が王はそのことを心配なさっておられたのです」
「そのことなら大丈夫だと伝えてくれ。来年の二月が過ぎれば、晴れてあの子を社交界にデビューさせる予定だからな。誕生日パーティは半年後の三月一日、海の王に日を開けておくように伝えてくれ」
やはり、その噂は本当だったようだ。
「王にはそのようにお伝えいたします」
言ってから、肝心なことを頼んでいないことに気がつく。
「それでは最後に、海の王の名代として是非、姫様にご挨拶させていただきたいのですが」
王はにこやかな笑顔を崩さずに首を振った。
「姫は今、女性としてのたしなみを覚えるための修行中じゃ。女として粗相があってはならぬから、十五歳になるまでは人前に出さぬようにしている」
「は」
王の口調からは断固として、他人に姫を会わせることはしないという決意のようなものが伺える。
(今日のところは退くか)
ナイトは一礼して退去した。
(とりあえず、現場を確認だ)
ナイトは中央の城を出てから中庭を突っ切り、くだんの西の塔の前で立ち止まる。
入り口には実直そうな衛兵が二名、槍をクロスして門を封じていた。
塔の高さは四十メートルほどであろうか。
直径は五十メートルほどあったが、上に行くほど先細りしている。
見上げると、遙か上方の辺りに窓らしきものがあるのが見えるばかりである。
(……しかし、やっかいだな)
父王があれほど拒否しているのだ。
ひょっとしたら姫君もまた、本当に人に会いたくないのかも知れない。
それを海の王のスケベ心を満足させるだけのために、土足で踏み込むような真似をしていいものかどうか。
(……海の城に帰ろう)
別にマリン王子の付き人になど、なりたい訳ではない。
サリヴァン家の家訓通り、一兵卒から鍛えられていつか祖父のような男になるのが夢である。
推挙してくれた海の王の顔に泥を塗ることになるのが嫌で努力しようとは思ったが、しかし……
「サー・サリヴァン」
「……?」
おどおどしたような見知らぬ声に振り向くと、がっしりはしているが気の弱そうな若い男が立っていた。
「君は?」
「はい、俺はバドと言います。王の親衛隊員として、さきほど貴方の謁見中、部屋におりました」
「ああ」
言われてみれば、右から三番目に立っていた男だ。
「お時間、よろしいですか?」
頷くと、そのまま塔の裏側にある木陰に案内された。
「貴方を勇者と見込んでお願いがあります」
「俺は勇者ではない」
「ご謙遜されても、貴方からはそういうオーラが出てます」
あの海の王のいい加減な手紙のせいで、バドは何か勘違いをしているようだ。
「どうかお力をお貸しください」
仕方なく頷く。
「困り事が俺程度の力で解決できるものであれば」
すると誠実な瞳がこちらを見つめた。
「姫君を助けていただきたいのです」
バドは深く頭を下げた。
「どうやら海の王は貴方をそのつもりでこちらに派遣なさったという気がするのですが」
ナイトは一応頷いた。
そのことより大事な任務は姫の顔を見ること、だったが、それはこの際伏せておく。
「安心いたしました。海の王は男の中の男、国中から慕われる強く優しいお方。その誉れ高い御方に見込まれたサリヴァンさんなら、きっとこの窮状を何とかしてくださると信じます」
色んな意味で誤解はたくさんあったが、渡りに船的なこの状況を利用しない手はない。
「それにはまず、具体的に王女が何を困られているのかをお聞きしたいが」
ナイトはバドを見つめた。
「姫はやはり自分の意志に反して閉じこめられているんだな?」
「俺も、今日の今日までは、王のお話を信じていました」
「王の話とは、花嫁修業がどうとかいうあれか?」
「いえ、我々の間では、第一王女をさらった悪い魔物が再び姫を傷つけることがないように、成人するまでは結界を強く張れる塔で守っているということになっています」
アース連合王国での成人とは、くどいようだが十五歳である。
「では、十歳までは何故自由だったんだ?」
「第一王女が掠われたのが御歳十でしたので、魔物が狙うだけの魔力がつく歳と王はお考えなのです」
「では、どうして姫を助けたいなどと君は言うんだ?」
「これを見てください」
バドは小さく丸められた紙を大事そうに内ポケットから取り出した。
「今朝、ここを歩いていたら上から落ちてきたんです。そして、そこには姫様の筆跡が」
「拝見いたします」
そこには流麗な青銀の文字で短く記された言葉。
……勇者とおぼしきお方、どうかここまで来てくださいませ。勇者様しか私を救える方はいません。
今夜十二時にお待ちしてます……
「?」
論理の欠片もない手紙だ。
これを書いた奴は頭が滅法悪いのか、それとも……
ナイトはバドを見た。
「これは?」
「恐らく姫が、勇者を求めるあまりに窓から手紙を投げたに違いありません」
「……そうではなく、姫は君に来て欲しいと思って投げたのではないのか?」
真っ赤な顔で若い近衛兵は手を振った。
「お、俺は勇者じゃないから、多分、勇者を捜せという意味です。そう、貴方のような」
「俺とて勇者などではない」
「またまたご謙遜を。海の王が認めたというだけで勇者の資格は充分でしょう」
バドは必死な顔でナイトの手を握る。
「姫は昔から勘が良かった。今日、これをここに落としたと言うことは貴方がこの地に来るのを予感してのことだと思います」
仕方なしに頷く。
どっちにせよ、姫の顔を見て海の王にそれを報告するというのが自分の任務だ。
「では、姫はいずこに」
「あの部屋におわします」
バドは塔の先端近くの窓を指さす。
「手紙の通り、今夜十二時にここにおいでください」
再び彼はナイトを強く見つめた。
「この通りです。俺には力がなくて何もできないから、どうか、姫を助けてください」
高い背、たくましい腕を小さくして、バドは何度も頭を下げた。見た感じ、単に自信がないだけで力がないようには見えなかったが、取りあえず了承してナイトは夜に備えるために一旦宿屋に戻った。