空の城1(ナイト)
アース連合王国第二の城は小高い丘の上に立ち、左右に高い塔がそびえているのが特徴だ。
その塔が天高いから、あるいは塔が羽を模しているからという説などがあるが、この城は別名空の城と呼ばれている。
(……まずは町の人の話を聞け、か)
城下町を歩きながら、ナイトは辺りを見回す。
知らない場所での情報収集は、辺り構わず声をかけるのが鉄則だとは分かっていたが、やはり性分というのは変えられない。
武家として育てられたナイトからはどこかそういうオーラが出るのか、歩いている人に声をかけようとするとなぜか皆道を空けて雲霧消散するのだ。
(会話とは、難しいものだな……)
取りあえずは、定められた場所から動かない道具屋や武器屋といった店の販売人にさりげなく質問するか、あるいはそれらしい話に耳を澄ましてみる。
結果、わかったことは
1.この国は武術に長けた海の城とは違って魔法教育が盛んであり、道行く人も普通に魔法を使ったりする。
2.王女は西の塔に四年前に入ったっきり出てきたことはない。
3.王女が閉じこめられたのは、四年前に商人に化けた魔物と話をして、呪われたからだという噂など諸説ある。
4.どういう根拠か、十五歳になったら王女を塔から出すと王様は公言している
の四つに大別された…………
「……海洋深層水<海の城の雫>を一杯」
「お客さん、いきなりそりゃないだろ」
酒場でミネラルウォーターを注文すると、マスターがびっくりした顔でこちらを見た。
「まず、アルコールを頼んでもらわないとね」
「俺は未成年だ」
この連合王国では、十五歳で公務に就けるが、お酒と煙草は二十歳になってからと決められている。
「その顔で冗談かい?」
「冗談などは言ってない」
「少なくとも、公務について五、六年の貫禄はあるぜ。ということは二十一ぐらいか」
反論しようとしてナイトは口をつぐんだ。
未成年だとばれれば、酒場からつまみ出される恐れがある。
「ま、そりゃ、どうしても飲みたくない日ってのはあるだろうが、それだったらうちに来る必要はないと思うんだがね」
ナイトは首を振った。
「実は聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「この国の王女のお顔を拝見したいんだが、どうもお姿を下々にお見せなさることがないようなので、理由を確認したい」
「下々どころか、あのお姫さんはお城勤めでも尊顔を仰ぐことはできないよ」
ミネラルウォーターが前に置かれた。
どうやら喋り好きらしい。
「呪われてるからね」
隣に座っていた年輩の魔法使いも頷く。
「なんか糸を紡いでて針で指をついて昏睡したとか」
「そりゃ違うだろ、足に呪いのリングをはめられて、夜になるとカエルになるとか聞いたよ」
「……いんや、俺が聞いたのは、四年前から無茶苦茶醜い顔になったって話だぜ」
「だから王様は西の塔に、姫を鎖で縛って閉じこめてしまったってか?」
武器屋や宿屋でも、多少細部は違うものの似たような話を聞いた。
(……しかし、妙だ)
ナイトはその手の噂について少し思いを巡らせる。
もしそうなら、どうして十五歳になったら人前にだせると公言するのだ?
十五になったら魔法が解けることが科学的にわかっているからなのか? それとも……
ナイトは一口水を飲み、隣にいた農夫に顔を向ける。
「一つご教示いただきたい」
「なんだえ?」
「王女は十歳までは皆の前に姿を現していたと聞いたんだが……」
「ああ」
まずは自らの疑問の前に、仕事を片づけておく必要がある。
「美人というのが本当かどうかを知りたい」
男はにやりと笑うとナイトの肩をどんと叩く。
「兄ちゃんも固い顔して、結構スケベだな。結局はそれが知りたいんだろ?」
「……は?」
「ああ、見たともよ。正月のあいさつで、城の上から手を振りなさるのを双眼鏡でな」
「ふん、俺なんか母ちゃんに内緒でブロマイド買ったんだから」
気がつけば周りに人が数人たかっていた。
「うちのガキとは出来が違ったぜ。十歳でもなんかこう、見てるだけで目尻が下がって鼻の下が伸びるほど可愛いっていうか何て言うか」
「将来が楽しみな姫様だったよな」
自分の美的感覚にはあまり自信がなかったが、第三者認証が取れたということは、自信を持って美人だと報告していいということだ。
ある意味、仕事は一つ片づいた。
(……にしても)
ふとナイトは眉をよせる。
「……王女がある日突然塔から出なくなったとして」
そこが疑問点だった。
「何かきっかけのようなことはなかったんだろうか?」
「そうだなあ……」
ひげ面の男が頬を人差し指でかきながら上を向いた。
「色んな噂があったよな、あんときも」
「城に呼ばれた異国の商人の持ってた売り物の鏡を見てからおかしくなったとか」
「ああ、風邪ひいたとか、トンフルだったとか」
トンフルとは、豚が媒介するインフルエンザのことである。
「変な本を読んでから妙なことを口走るようになったとか」
ナイトは更にしわを深くする。
「鏡? 本?」
「諸説ありすぎて、どれが正しいかはわかんないけどさ、鏡を見たって説ではそれ以来姫はおかしくなって、王様はそれを気に病んで塔に幽閉したってことになってる」
「本を読んでからって説は微妙に違うな。王様と直談判して、そのうち拗ねて部屋からでてこなくなったって話になってた」
「本当は一般的な顔なのに、魔法で美人にしていたってのが本当かもよ。そんでもって、十歳で一度魔法が解け、改めてかけ直すのに五年かかるって寸法さ」
「下手な整形魔法をかけると、将来にわたって何度もやらなきゃ顔が崩れてくるって言うしな」
周りの者達もビールを掲げて一緒に頷く。
「でも、だったら老ウィザードが呪いをかけたって話はどうなるんだ?」
「そういえば、そうだな」
「奴が王家を恨んで何かしたってのはホントらしいし」
ナイトはバーテンの顔を見た。
「老ウィザードとは?」
「昔この城に長女の姫さんの行方を捜すために呼ばれた魔法使いのことさ。『一の姫の行方がわからないのは、魔法使いとしての才能がないからだ』、と王様に言われたことを恨んで、今の二の姫様に呪いをかけたとか言われてる」
「いや、お城勤めの俺のかみさんが言ってたのは違うぜ。姫さまが将来姉君と同じようにさらわれるかも、って悪い予言をしたから王様が逆恨みしたんだって」
行商姿の中年の男が興味津々といった顔で首を突っ込む。
「王家からの公式発表はないのか?」
「そんなのがありゃあ、こんなに色んな噂が飛び交ったりしねえよ」
ナイトは水を飲み干すと代金を机に置き、まだ何やかんやと真実が混じってるのかどうかも確定しがたいうわさ話に昂じる男達を残して酒場を出、今度こそ空の城の門をくぐった。