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アース連合王国  作者: 中島 遼
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大地の図書館2(ソーラ)

「……と言っても、足輪の外し方が完全にわかったとは言い切れない」

門をくぐり、図書館に続く中庭を歩きながら、エルデが頭を下げる。

「申し訳ない」

ソーラは慌てて首を振った。

「だって、ここの本になかったんなら仕方ないじゃない」

見上げると、空の城とかわりないほど巨大な土色の建物がそびえ立っている。

大地の図書館はアース連合王国第三の城である大地の城より大きいのだと、昔エルデが教えてくれた。

本当にそうだと思えるほどでかい。

「姫はいつも優しいな」

「……ねえ、姫って嫌だから。ソラって呼び捨てして?」

「ソーラが慣れてるから、そっちの方がいいな」

「…………あ、でも」

横でナイトが咳払いをする。

「いいから早く話を始めてもらおう」

「せっかちな男だ」

エルデは再び笑み、そして革表紙の本を開けた。

「まずは足輪が何故ソーラにつけられたか、というところから話そう」

「そういえば、僕、それ知らないな」

「ソーラが生まれてすぐ、最高の予言者とも、偉大なる魔法使いとも呼ばれる男がその足輪を持ってやってきた……と公式記録にある」

その魔法使いが言うには、ソーラが男として育てば十五年しか生きられないと占いに出ているが、この銀の足輪をつけて女として過ごせば、末永く幸せに暮らせる、と。

「じゃ、じゃあ」

ソーラが目を見開いてエルデを見た。

「僕が女になっちゃったのは、この足輪のせいなの?」

「そういうことだな」

「じゃあ、これを外せば男に戻れるんだ」

「恐らく」

「どうやったら外せるの?」

「それはわからない」

ソーラはにっこりと笑う。

「まあ、いいや。最悪の場合、足首から先を切り落とせばいいってわかった訳だし……」

「馬鹿を言うな!」

エルデが血相を変えてソーラを怒鳴る。

「そんなことをしないでいいように一所懸命調べるから、二度とそんなことを口にするな」

「……ごめん」

ソーラは上目遣いにエルデを見上げた。

「でもね、そうとわかれば父上をやっぱり恨むよ。こんなことされて」

「子供が長生きできる、というのは親にとっては魅力的な言葉なんだよ」

「僕にとっては迷惑な話さ」

ソーラは眉をひそめた。

「いくら長生きができると言われたからって、こんな禍々しいものを子供につけるなんて」

「禍々しい?」

エルデはしげしげと足輪を眺める。

「俺には真珠のように綺麗な足輪にしか見えんがね」

ソーラは目を丸くしてエルデを見る。

「……やっぱりそう見えるの?」

「え?」

「いや」

ソーラは首を振る。

「何でもない」

ふと、仏頂面をして腕を組んでいるナイトを横目で見る。

禍々しい……と言ったのは実はナイトだ。

初めて会ったとき、ナイトは痛ましそうな目でこの足輪を見つめた。

どうしてか自分はその瞳を見た途端、ずっと前から待っていた相手にやっと会えたような気がして……

「ところでエルデ」

と、相変わらず眉間にしわを寄せたまま、その男は言った。

「大地の図書館の本を調べ尽くしてわからなかったのなら、どうして今更その図書館に向かう?」

「図書館で本を探すのが目的ではないんだ」

気がつけばナイトとエルデはいきなりため口で話している。

(……なんでナイトは僕には敬語でエルデは呼び捨てなんだ?)

どうも納得がいかない。

「大地の図書館にはない本を、余所に行って探すために図書館に行く」

「……意味がわからんが」

エルデは頷く。

「この世界には図書館は三つあり、一つは三百年ほど前に焼けてなくなったと言われている。で、現在あるのが、ここの大地の図書館、それとマーズ皇立大学附属図書館」

中庭が終わり、図書館の中に入ると、受付の男が二人、慌てて立ち上がってエルデに会釈する。

「お帰りなさいませ」

「ああ」

ナイトが目を見開いてエルデを見つめた。

「……お帰りなさい?」

「ここが俺の家のようなものだからね」

「あ!」

ナイトが小さく呟いた。

「ひょっとしてお前は、大地の神殿の司祭枢機卿を代々務めるカッセル侯爵家の……」

「正確には、図書館の司書を代々務めるついでに神殿の司祭も勤めている、だ」

ソーラは微笑む。

「直系の長男だから、エルデは将来枢機卿だね」

「そっちには興味はない」

エルデは回廊のように入り組んだ廊下を迷わず進む。

「話を戻そう。俺が探す情報は、この図書館にはないことがわかった。だから、マーズ大附属図書館に行こうと考えたんだ」

「マーズ皇国の図書館?」

マーズ大はその名の通りマーズ皇国の皇立大学であり、その首都にあった。

「機密事項だが、大地の図書館には、マーズ皇国に行くためのワープドアがあってね」

「ワープドア?」

ソーラはエルデを見上げる。

「なに、それ?」

「時空間のゆがみの濃い場所では、乗り物を使わなくても遠くに一瞬で行ける。そういう場所がこの世には何カ所かあるが、それを旅の扉とかワープドアなどと呼ぶんだ」

ナイトが眉を寄せる。

「時空が歪むのなら、過去や未来に行ってしまうのではないか?」

「そういうドアもあるが、ここのは図書館同士の親和性からか、同じ時間の流れている空間同士が繋がっている」

「へえ」

ソーラは笑った。

「そんなに簡単に外国に行けるって便利だね」

ナイトも頷く。

「しかも、取りあえず追っ手からも逃げられる。一石二鳥だ」

だが、エルデは口の端をわずかに引き上げる。

「もちろん、そう簡単にはいかないよ」

「え?」

「普通の人間はそんな危険を冒すぐらいなら船で行くから、わざわざここを使わないだけとも言える。実に大きな問題が二つあるんだ」

「どんな問題があるの?」

エルデは微笑み、目の前のドアを開けて遠くを指さした。

「あれが見えるかい?」

ソーラが目をこらすと、長い廊下の端に金色の煉瓦の固まりのようなものが見えた。

近づくと、それが人の形をしている巨大な土塊とわかる。

「ここのドアは、選ばれた者しか通さない」

「選ばれた者?」

「あそこにいる滅法強いゴーレムが入り口の前に立っていて、扉を守っている。それを倒さない限り進めないんだ」

ナイトが眉間にしわを寄せる。

「弱ったな」

ソーラは驚いた。

「君でも弱ることあるんだ」

すると相手は肩をすくめる。

「貴方のMPが少ないからそれで弱っているんです」

「ナイト、敬語」

「……ああ」

エルデがぽんとナイトの肩を叩く。

「そのことなら心配ない、回復系の魔法なら俺の範疇だ」

「……いや、そうではなく」

ナイトが何を逡巡しているのかはわからなかったが、ソーラはにっこりと笑って胸を張った。

「大丈夫、君のお陰でレイビアを使えるようになったから、魔法使えなくても戦線に参加できるよ」

ナイトは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「だから、それが困る……」

「どうして?」

「相手はゴーレム。遠距離攻撃ならまだしも、近距離で戦って殴られでもしたらおしまいです」

ソーラは頬を膨らませた。

一体、何度言えばわかるのか。

「ねえ、どうしてエルデとは普通に喋るのに、僕は敬語なの?」

エルデが微笑う。

「それは、ナイトが君に気を遣っているからだよ」

「気を遣うんなら敬語やめてよ」

「つまり、臣下の礼をとることによって、君とナイトの間には何もないと言うことを衆人にわからせようとする手段さ」

「何にもないってどういう意味?」

「それはね」

「おい、エルデ」

「お前達の間に、恋愛感情が欠片もないって意味さ」

「……おい!」

エルデがナイトの方に顔を向け、そしてにこりと笑う。

「心配しなくても、そんなことは百も承知だから、姫の良いようにしてやってくれ」

ナイトが嫌な顔をして何か言おうとしたときだった。

<力に自信なき者は去れ>

「……え、何?」

慌てて声のした方を見ると、今までその場にうずくまっていた大きなかたまりが立ち上がり、片手を振り上げた。

「エルデ、ゴーレムがなんか喋ったよ!」

「ああ」

見るとエルデはいつになく真剣な表情で正面を見つめている。

<力に自信なき者は去れ。さもなくば生命を落とすことになる>

ゴーレムの声が頭に響く。

「あのね」

ソーラは一応、相手に説明を試みた。

「自信があろうがなかろうが、僕らはそこを通らなきゃ先に進めないんだ。だからそこどいて?」

<覚悟があるなら、いくぞ>

ゴーレムは力をためた。

ナイトがすらりと剣を抜いたので、ソーラも慌ててレイビアを構える。

「堅牢」

と、エルデが何かを唱えた途端、ソーラの身体の周囲に守りのオーラが増えた。

どうやら、ソーラの知らない守備力がアップする呪文を唱えたらしい。

「とうっ!」

まず、スピードの速いナイトがゴーレムに一太刀目を与えた。

続いて、ソーラ。

「姫は下がって!」

ナイトは再びゴーレムの頭に剣を振るう。

「やだ」

しかし、ソーラの突きは硬いゴーレムの腕には刺さらなかった。

逆に、相手がふんっと腕を振り上げた風で後に数メートル飛ばされる。

「いわんこっちゃない!」

言いながらナイトが庇うように前に立ったので、少し頭に来る。

「そんなこと言ったって……あっ!」

しかし、文句を言うひまなどなかった。

ゴーレムの力一杯振るった腕がナイトの頭に振り下ろされるのを見て、ソーラは慌てて後からナイトに蹴りを入れる。

「うわっ!」

膝の後につま先がまともに入ったため、ナイトは足をがくっと折りながら前に倒れた。

「馬鹿野郎っ!」

怒鳴ったナイトの頭の上を、空振りしたモンスターの腕が通り過ぎる。

「……なにをやっているんだ、君らは」

呆れたようなエルデが呪文を唱えると、突然強風がゴーレムを襲った。

「……へえ」

文献では知っていたが、ソーラが覚えていないつむじ風の呪文だ。

「へえ、じゃないっ!」

ナイトが眉間にしわをいっぱい寄せて、まるでこっちが敵みたいに睨み付けたので、ソーラは思わず首をすくめた。

「味方を後から攻撃するとはどういうことだっ?」

「まあ、いいじゃない。そのせいでゴーレムの攻撃を受けなかったんだから」

「そのせいで、俺もお前も攻撃機会を一度損したんだぞっ!」

「あ」

言われて少し恥ずかしくなる。

「ごめん、ナイト」

ソーラはレイビアを握り直し、そして自分の残りMPがどれだけあるかを考える。

確かにナイトの言うとおり、ソーラの剣攻撃はゴーレムにさほど痛手を与えなかった。

しかし、残りのMPは少なく、強力な魔法を出すことは難しい。

(なにか、消費MPが少なくて効果的な魔法はないかな)

「うわっ!」

ゴーレムの大きな足で踏みつけられたエルデが横に避け、回改で瞬時に自分が怪我したところを治療する。

同時にナイトが今度は大地を蹴って、肩口を狙った。

「そうだ」

相手のゴーレムは動きが遅く、しかも攻撃技一本槍だ。

(……それなら)

ソーラは小さく呪文を詠唱した。

それは幻術の一種であり、魔法をかけられた相手は惑わされて攻撃が当たりにくくなる。

案の定、ゴーレムの振り上げた拳は、狙ったはずのエルデから随分と離れたところに落ちた。

「ほう」

エルデが目を見張ってこちらを見た。

「珍しいな、ボスキャラ級のモンスターに、こんな小技が利くとは」

「そうなの?」

「ああ、眠りや幻覚などの敵の状態を変えるような技は、大物にはなかなかかからない」

エルデは言いながら、背中に背負った鉄の槍を取り、それでゴーレムを突く。

「お前は魔法使いの才能があるのかもしれん」

誉められて少し嬉しくなり、照れ隠しに火球を飛ばす。

ナイトが物も言わずにゴーレムに三太刀浴びせた。

ソーラもまた、効果のほどのわからない突き技を敵に与える。

そうして戦うこと約十五分。

<ぐおおっ!>

突然、ゴーレムは膝から崩れた。

エルデがガッツポーズをする。

「やったぞ!」

ゴーレムはゴンという音を立てて腕を地面につけた。

<……お前達に、この先に進むだけの力があることを認めよう>

ナイトが静かに剣先を下ろす。

<行くがいい>

ゴーレムはまるで魂が抜けたかのように壁に身体を付ける。

そしてその横に、さっきまでゴーレムの体躯で見えなかった扉が現れた。

「許可が出たことだし」

エルデが二人の方を向いて少し笑った。

「行こうか」

ソーラとナイトはエルデの後に続いて扉をくぐり、部屋に入る。

「わあっ!」

目の前に広がる光景を見て、ソーラは思わず声を上げた。

ちょうど二メートル四方ぐらいの穴に、波とも雲ともつかない蒼い光が渦巻いている。

三人はそのまま真っ直ぐに光の渦に入った。

「!」

ソーラの視界が歪み、そして浮遊感が襲う。

この話で完結しませんが、表題のくくりの関係で一旦閉めます。お手数ですが、マーズ皇国にお進みください。

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