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彼女零

 あの日、わたしは悪魔と取引した。その悪魔は、自分で悪魔と名乗ったわけではないから判然とはしないが、真っ黒なスーツを着ていた女性の姿だった。白のブラウスにジャケットと膝丈のスカート。今思えばリクルートスーツだが、場違いにもほどがある。しかし不思議な色気と、周囲の空気を冷たくするような圧力、何だか分からないおぞましさがあった。子供なりの感性だったのだろう。すぐに人間ではないと感じ、わたしはこれが悪魔なのだろうと思ったので、心の中で「悪魔」と名付けた。悪魔は、わたしにこういった。


「お前さんの寿命は、あと数日に迫っておる。これは、先祖からの血の呪いというやつじゃな。しかーし、ここでハイパーラッキーチャンスが発生!わしと取引してくれたら、今だけ!寿命が倍になるぞよ!」


 突然のことだったけど、自分の命が長くない予感はあった。しかし言ってることが滅茶苦茶だ。なんだラッキーチャンスって。その割に時代がかった変なしゃべり方。


「取引って、魂を売れというやつ?」

「まあそうじゃ。取引ゆえ、一方的なものではない。お前さんが普通に死んだ魂をわしがもらっても、何も面白くない。わしが欲するのは、純愛の物語一篇と、それにまつわる魂を一つ。お前さんはそれを満たせる可能性を持っておる」

「分かった。取引に応じようと思う」


 わたしは即答した。怖いが、これも運命というものなのだろう。わたしは今、命と引き換えになるようなものを持っていない。何を渡したっていいという投げやりな気持ちが、自分を強気にさせた。


「詳しい条件を教えて」


 悪魔は、あまりに早い決断に、少し驚いたような顔をしたが、急に声を低くし、判決を下すかのような声が周囲に反響して聞こえた。


「一つ、この取引により、汝の寿命は、今の倍ほどまでに延長する」

「二つ、汝にはこれからツレが現れる。ツレからの想いの強さにより、汝の健康状態は定まる」

「三つ、この取引について、他人に明かしてしまったら、効力を失う」

「四つ、ツレが汝を裏切った後、そのツレの命を汝が奪うことができれば、わしはその魂と引き換えに、汝の血の呪いを外す」


 しばらく静寂が漂う。


「質問を、しても良いかしら」

「残念じゃが、質問には答えぬ。そういう決まりでの」

「そう」


 少し考えた。ツレとやらは、わたしを想ってくれるか分からない。ましてや、状況がどうあっても、命を奪うなんて考えることだってできない。とはいえ、わたしの命は、あと数日なのか、数か月なのか、長く生きられそうにない。でも今、このままでは死にたくないと強く思った。


「取引を行うなら、心底取引を行いたいと考えながら、手を差し出すのじゃ」

「わかった」


 わたしは右手を突き出した。悪魔が歩み寄り、同じく右手を出して、わたしと握手をする。


「取引は成立じゃ」


 右手に電気が走り、全身がこわばって髪の毛が逆立った感覚がしたが、気づいたら悪魔が少し微笑んでいた。見る間に、色が薄くなって、蒸発したかのように見えなくなった。消えてから悪魔がもう一言。


「お前さんのツレが、今に現れるぞ。さあスタートじゃ」


 すると、入れ代わりに、少年が突然現れた。


「あ、えっと、おはよう。おはようはおかしいね・・・。僕は家族と近くにキャンプで来てて・・・」


 おはようじゃねーよ。まさか、こいつが悪魔の言うところの「ツレ」じゃないだろうな・・・。とてもそんな感じじゃないんですけど。



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