彼女二
彼は白いスポーツカーで現れた。何よこれ、大学生が乗る車とは思えない。婚約者の親にでも、もらったのだろうか。わたしは、ネガティブな感情に支配されていた。彼と離れてから、不安を抱えながらも心の平静を保ってきたけど、彼に関することは、感情が先走ってしまう。
思い出の場所に向かう彼。何て切り出したらいいの。どんな説明をするか、彼はどんな気持ちでいるのか、全く冷静でいられず、思考は堂々巡りするだけで、言葉が出てこない。
ようやく目的地に着いて、さすがに何か言わないと、と焦った。わたしは、まず彼の状況や気持ちを知ってから、とズルい方法を選んでしまった。
「婚約したんだってね」
「あ、ああ」
噂は本当だったんだ。わたしは・・・。
「本当に大好きだった君には振られちゃったから、方向を変えたんだ。僕が目指すことのために」
大好きだったのは過去形なんだね。わたしが何をしたのか、理解していないわけじゃない。でも、それでも。感情が波立って、目指すことのために方向を変えた、という言葉をスルーしてしまった。
「どんな人?」
「理想的な条件が揃っていて、本人は、まあ、普通にかわいい人だよ。申し訳ないくらいに」
理想的な条件って。普通にかわいいって。申し訳ないって何に対してなの。わたしは、自分の顔がゆがむのが分かった。
「どうして、どうしてこうなっちゃったんだろうね。わたしは、わたし、は、どうして・・・」
わたしが、「そこ」にいたかったのに。いたはずなのに。わたしだって、彼から離れることなんてしたくなかった。大好きだったのに。
わたしは、彼が裏切ったことを確認した。確認したつもりだった。そして、冷静にその事実を理解し、その上で真実を明かさなくてはと思った。しかし、彼の言葉を聞いたとき、わたしの表情は消え去り、なぜか私の手は、柳包丁を握っていた。こんなもの、いつ鞄に入れたのだろうか。そして誓いを破って他の女と婚約してしまった彼への怒り、そうさせた後悔と自己嫌悪、願いが今まさに成就しようとする暗い喜び、様々な強い感情に押し流され、全てないまぜになった気持ちを包丁に乗せて、彼の心臓あたりに突き立てた。彼は、わたしの手に、手を重ねた。
彼は、仰向けに倒れた。そして、こう言って、逝った。
「星が、きれい、だね」
わたしは、立ち尽くした。彼は、何を知っていたの?そしてわたしが知らない、何か想いがあったということ?




