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彼 一

 深い森でもないのに、空がよく見えなくてうす暗い。夏といってもさすがに山の中であり、肌寒いくらいだ。大して来たくもなかった近隣家族での夏のキャンプ。大人たちは酔いつぶれて、小さい子たちは寝てしまった。寝付けない僕は、考えもなく一人抜け出した。もう戻ろうかと思ったとき、木々の向こうに、声が聞こえてきた。ような気がする。


 その方向に向かっていくと、突然視界が開ける。少女がびっくりした顔で、ゆっくりこちらを向いた。

「あ、えっと、おはよう。おはようはおかしいね・・・。僕は家族と近くにキャンプで来てて・・・」僕はしどろもどろになってしまった。


 彼女は、僕より少し年上だろうか、しかし見たことのない「美しさ」だった。この暗さの中でも、白い顔、肩より長く伸ばした髪、切れ長の瞳に通った鼻筋、小さな唇、白く長い手。光が放たれているかのようだ。同級生や上級生の、いわゆる学校にいる可愛い女子、なんて比べるのもおかしい気がしてくる。神々しいというのか。なぜか妙なことを口走ってしまう。


「君は・・・天使かなにかですか?」


 天使の、おっと、彼女の白い顔が、赤くなっていく。僕も、変なことを言った自覚はあって、顔がほてるのを感じた。ああ、そういえばここは色が見えるくらいには明るいな。


 ふと空を見上げると、満天の星空。星の降る夜というやつだ。全然気づかなかった。彼女の美しさにこの星空である。まさに夢の世界に迷い込んだのだろうか?僕は彼女の顔を見つめ、少しぼーっとしてしまった。


 気づくと、何も言わないまま、彼女は、星空を見上げている。僕もまた星空を見上げた。

 彼女もこの辺でキャンプに来ているのかな。友達になれたらいいな。さっき話していた相手は誰だったのだろう。ああ、名前なんていうのかな。そんなことをぼんやり考えていた。横目でチラチラ彼女をうかがいながら、でも何も言えなかった。舌がしびれたみたいに何も言えず、しまいにはアホ面しながら彼女に見とれていた。


「星がきれいだね」彼女は唐突に、ささやくように言った。僕の体がビクっとはねた。澱みのない、きれいな声。僕はせき込みながら答える。


「そう・・・だね。こんなにたくさんの星、プラネタリウムでしか見られないのかと思ってたよ」

「今日は特別かな。でもちょっと大げさ」

「そんなことないよ家の近くじゃこんな星空見たことない。特に明るい星が少し見えるだけだよ」

「よっぽど都会に住んでいるのね」

「都会って・・・まあ一応東京だけど。仙台と大して変わらないよ」

「ここは仙台でもないけどね。ふーん。東京」

 少し嫌味な言い方だったので、僕は黙った。


「昔から、人は星にいろいろな物語をつけて、願いを託してきたんだって」

 唐突に彼女が言ったので、理解に時間がかかる。


「メソポタミア文明からエジプト文明を伝って、ギリシアに伝わった星座は、もともとのギリシア神話と融合して、今ある星座を作り上げていった。大まかには、英雄や功績があった生き物などを死後、天の星座に加えた、という話が多いけどね。星の名前は、α、βとギリシア文字でつけられ、現代でも天文に関する名称は、ギリシア神話の事物から取られることが多いんだよ」


「中国じゃ、有名な織姫と彦星もあるけど、こんな物語もある。子供の死期が近いことを知った親は、向かい合って碁に興じる二人の仙人に、酒や干し肉を勧める。碁に夢中の二人は、酒を飲み干し、肉を食べ終わってしまう。はたと気づいたときには時すでに遅し。親の願いを叶えざるを得なくなり、子供の寿命を延ばしてもらいました。二人の仙人は、死を司る北斗七星、生を司る南斗六星でした。なんて」


「詳しいんだね」

「でも。わたしには何の関係もない。」

「関係ないって・・・」


「現実には、空に見える星の大半は、光の速度でも何年も、ものによっては何百万年もかかる遠さにある。それがわたしや、この現実に、何か関係あると思う?」


「まあ、距離を言ったらそうなんだろうけど。でも君は『星がきれい』だと言った。そう言った君は、とてもきれいだったし、今の話をする君も、すごく楽しそうだったよ。」


 彼女は、また白い顔を赤らめた。僕は、彼女の関心が欲しくて、こんな言葉を続ける。


「それに、昔からたくさんの人の願いが託されてきたなら、君も願いを託してもいいんじゃないかな」

「星の美しさも、人の願いも、意味なんてない!」彼女は少しムキになって言う。


「わたしはね、足も悪いし身体も弱くて、こんなところで星を眺めたり、本を読んだりするくらいしか、できることがないの。だから知識ばっかり。本当はみんなと同じようなことをしたいよ。でもそんなことを願ったって叶うことはない。願うなんて、バカのやることよ!」


 僕は彼女の言葉の強さに驚き、そして今更気づいた。

 彼女は小高いところに足を投げ出し座っていた。上半身と顔しか見てなくて気づかなかったのか。よっぽど彼女の顔に見とれていたようだ。


「そうか。ごめん。気付かなくて」

「何が?」不機嫌そうに言う彼女。うかつな答えは、彼女がもっと怒りそうだ。

「いや、えっと、何だろう。そうか、分かった。君は、願ってなんかいない。」

「そうだって言ってるでしょう!」


 彼女の剣幕に押されながらも、つとめて穏やかに返す。


「そうだね。だから、僕が、僕のために、願うことにしよう。君が、みんなと同じことができるように、足が治って、身体が強くなりますように。」

「アンタバカ!?そんなこと、アンタが願ったところで、叶うわけないでしょ!」

「叶わないなんて、なぜわかるの?」

「さっき会ったばかりの、嫌味なわたしのことを、なんでいきなり願うのよ。しかもそれが叶うなんて。おかしいでしょ!?」


 嫌味って、自分でいうんだ・・・。


「そんなにおかしいことかな。君は美しい。楽しそうに星について語る君は、かわいい。そんな君が願うことを、僕が代わりに願うことが、そんなにおかしいかな。叶うかどうか、それはわからないけどね」


「何なの!余計なお世話。変な話しなきゃよかった」まだ怒って言い募る彼女。

 僕は、彼女があまり頑固に言い張るので、半ばやけになって言った。


「我が名においてここに誓わん。僕が君の足となろう。そして僕が君を生涯守ろう」


「アンタは本当にバカでしょ!そんなことで叶う訳ないし!わたしが喜ぶとでも思ってんの?この厨二病!バーカバーカ!」

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