切り裂き魔とレノーラ
空の黒を橙が染め上げて、この世界も朝を迎える。幻想的な朝靄は山々を包み、街にある家々からパンの焼ける香りが漂っていた。
「む……。クソ眠い…………」
「…………おはようございます、クビキ様……」
「…………おはようございます、クビキ様……」
クビキが目を覚ますと、彼の腕にシスリアとエスリアが抱きついていた。彼女達も眠気に抗い、声を絞り出している。
「…………昨日言ってた髪、切るか」
「…………はい…………お願いします。クビキ様……」
「…………お願いします。クビキ様……」
ヴァネッサに仕事を紹介してもらう予定の時刻まで、少し時間がある。
クビキは昨日予定していた、シスリアとエスリアの髪の毛を切る事にした。
ーー(ハサミの代わりになるもの……)
彼は少し考えると、コートの内側に隠されていた、使い捨てのメスを取り出した。光沢感のあるそれは、落ち着いたデザインの部屋で、違和感を放ち、酷くミスマッチと言える。
「じっとしてろよ。俺が今よりもっと、いい女にしてやる」
クビキはシスリアとエスリアの髪をメスで切る。一定のリズムと、小気味よい音が部屋に響き、彼女達の髪の毛が床に落ちた。
「そういや、お前らは双子なのか?」
「…………シスリアが姉です」
「…………エスリアが妹です」
「お前らのような孤児達を預かる施設は無ぇのか?」
「…………? よくわかりません……」
「…………? 無いと思います…….」
「クソみてぇなこの世界も大概だな」
髪の毛を切り終え、メスをしまうと、姉妹を互いに向き合わせる。
「…………おー、短いです……」
「…………さっぱりです……」
「そんじゃ、俺は出かけて来るから、お前らは自由にしてろ」
シスリアとエスリアに留守番を頼むと、クビキは宿屋の一階に降りて行く。ヴァネッサに合図を送ると欠伸をしながら入り口の扉を開いた。
「それじゃ、ついておいでクビキ」
「ああ、頼む」
ヴァネッサに案内されて到着したのは、白壁に看板が吊るされた小綺麗な建物。ガラス窓付きの扉から店内の様子を伺う事ができる。
中を覗くと赤髪の眼鏡をかけた女性が一人、記録のようなものを記入していた。
「レノーラ。用心棒志願者だよ。審査してやってくれ」
「ヴァネッサか……。久しいな。用心棒志願者とはそちらの君か?」
レノーラと呼ばれた女性は眼鏡をかけ直すと、席を立ち、クビキの元へ近づく。
彼女はジロジロと蛇のように、ねっとりとした視線をクビキに向ける。
「私はレノーラ。君、名前は?」
「クビキだ」
「見たところ、武器は所持していないようだが……。何が得意なのかね?」
問いかけに対し、コートを開き無数のメスを見せるクビキ。
「剣術だな。闇討ち、不意打ちも得意だ。一身上の都合でな」
「フフ、隠し暗器か。しかし剣術と呼ぶには、その刃物は小さすぎないかね?」
レノーラが言い終わるよりも前に、刀を出現させ、抜刀。そして、そのまま彼女に斬りかかりかかる。
しかし振り下ろされた刀はレノーラの首すじ辺りで、ぴたりと止められた。
「不意打ちも得意だと言ったはずだぜ?」
「フフフ、面白い。いいぞクビキ。どういう仕組みかはわからないが気に入ったよ。ここでは警護や護衛、用心棒業務などの民間委託があり、とにかく強さが求められる。クビキ、その点に関して君は大丈夫だろう」
驚いた様子も無く、レノーラはくるりと背を向けると、業務依頼書が乱雑に広げられたテーブルへと戻って行く。そして、その中から一枚の依頼書を手に取ると、クビキに手渡した。
「簡単な仕事さ。その仕事を入社試験としようか」
ーー(読めねぇ……)
「悪い。レノーラ。文字が読めねぇ」
手渡された業務依頼書には見たことも無い文字が並んでいる。
辛うじて読めるのは『300,000D』という報酬金だけだった。
「そうか、クビキは文字を読み書き出来ないのか。……わかった。誰か一人パートナーとして君に付けよう。仕事内容とパートナーは明日説明するので、明日の今と同じ時間にここに来てくれ」
「ああ、わかったぜ。これから世話になる」
「こちらこそよろしく頼むよ」
クビキはヒラヒラと手を振ると、レノーラの店を出た。入れ違いで、遠くから駆けてきた、小さな少女が店の戸を開ける。
ーー(……ガキ?何でこんな所に……)
疑問を抱えつつも宿屋へと戻るために大通りを歩く。昼時ということもあり、食べ物のいい匂いが漂ってくる。
「お兄ちゃん、飴はいらないかい? 甘くて美味しいよ!」
露天商人が飴玉入りの袋を差し出して呼びかけた。看板には一袋250Dの文字が書かれている。
ーー(……ガキどもに買って行ってやるか)
「おっさん、二袋だ。二袋くれ」
クビキは500Dを差し出すと、袋入りの飴玉を受け取り、再び宿屋に向けて歩き出した。