斬り裂き魔と制裁
シスリアとエスリアの華奢な身体には、擦り傷や内出血の跡が残っていた。
彼女達が襲撃された時の傷だろう。
クビキはそれを見て複雑な表情を滲ませる。
ーー(……全く、俺は何をやっているのかね……。)
「ほれ、まずは身体を洗え。多分この容器だ。スポンジにこれつけて泡立てて身体をこすれ」
「…………あわあわ……」
「…………いい匂い……」
「おー、そうだ。しっかり洗えよ」
自分の身体についた泡を伸ばしながらシスリアとエスリアは汚れを落とす。まだ傷にしみるのか、時々身体を萎縮させた。
「…………ご主人様……」
「…………ご主人様……」
「あん? 俺の事か? ああ、そういえばまだ名前を言ってなかったか。俺はクビキだ」
「…………クビキ様」
「…………クビキ様」
「ああ、呼び方なんて、なんでもいい。次は頭だ。頭を洗うぞ。目を瞑れ。思いっきりだ」
湯を桶に汲むと、シスリアの頭にそれをかける。
「…………ぷぷ……」
「我慢しろよ? シャンプーはこれか……? ……めんどくせぇ。まあ、泡立てばなんでもいいか」
クビキはシスリアの髪の毛にシャンプーを塗布すると、わしゃわしゃと洗い始めた。
シスリアとエスリアの頭髪は、生まれてこのかたカットをしてこなかったためか非常に長い。
「長くて洗い辛ぇ。お前らさえ良ければ明日髪の毛をきらねぇか?」
「……クビキ様がそれを望むなら」
「……クビキ様の仰せの通りに」
「よし、決定だな。……ほれ、湯をかけるぞ。息を止めろ」
髪の毛の泡を洗い流す。慣れていないためか、シスリアは表情をくしゃっとさせて、お湯攻めを必死に耐えている。
「…………ぷぷ……」
「ほれ、シスリアはオッケーだ。次はエスリアだな。ここに座れ。シスリアもエスリアを手伝ってやれ」
「…………わかりました、クビキ様……」
「…………よろしくお願いします。クビキ様、シスリア」
クビキとシスリアは、エスリアの頭に湯をかける。
「…………わぷぷ……」
「…………エスリア、わしゃわしゃします……」
「おー、シスリア。やってやれ、やってやれ。エスリアは目は開けるなよ。泡が目に入るとクソ痛ぇぞ。
………………俺は先にあがるから、お前らも洗い終わったら、身体を拭いて、髪の毛を乾かして、風邪ひかないように服着て寝とけ。ベッドを使っていいからな。
俺は少し散歩をしてくる」
「…………クビキ様。わかりました。ありがとうございます……」
「…………クビキ様。今日はありがとうございました……」
「気にするんじゃねぇ。ゆっくりしてろよ」
クビキはシャンプーで頭を洗う姉妹を尻目に、身体を拭いて服を着る。火照った身体を夜涼みで宥めるために、周辺を散策する事にした。
「ヴァネッサ。夜涼みに行ってくる。あいつらに何かあれば頼む」
「わかったよ。あんたも世話焼きだねぇ」
「よせよ。そんなんじゃねぇ」
ヴァネッサに一報入れると、クビキは扉を開き、深々とフードをかぶると、寝静まった街へと繰り出した。
ーー(何やってんのかねぇ、俺は。何であんなガキども拾っちまったのか…………。自分で自分がよくわからねぇ)
深夜の街は不気味なほど静かで、街灯も少なく、昼間賑わいを見せた大通りも、今の時間はしぃんと静まり返っている。
細い路地道から聞こえてくる荒くれ者の声だけが異様に目立っていた。
「今日のはラッキーだったな! まさか金貨をもっていたなんてな!」
「そうだな! なんて言ったって金貨だもんな。また明日から酒が飲めるぜ」
ーー(…………こんな底辺路上生活でおめでてぇ奴らだぜ……酒、酒、酒か)
「しっかし、あの姉妹はウザかったな……ボコボコにしてやったのに中々金貨を離しやしねぇ。しつこい奴らだったな」
ーー(あ? 姉妹だぁ……?)
「たしかにな! 大事に金貨を一枚ずつ必死に抱えていたからな。俺達が世間のために有効利用してやるよってな」
「はははは! 違いねぇ‼︎」
「よぉよぉよぉ! テメェらァ‼︎ 頭ブッ飛んでるような最ッ高にイカした話をしてんじゃねぇかぁ……‼︎ 姉妹ボコって金貨を奪っただぁ? ゆっくりその話を聞かせてくれやぁ‼︎」
「おい、何だテメェは⁉︎」
「関係ねぇ奴はすっこんでろや‼︎」
「関係ならあるんだぜぇ⁉︎ ボコボコにされた姉妹サイドにだけどなぁ‼︎」
「フードとって顔を見せろや‼︎」
「金も置いていってもらうぜぇ?」
「まぁまぁ、待てって、てめぇら。 ここら辺は暗くて物騒だろ? あんまり長居しないほうがいいと思うんだわ……」
「あぁ?」
「なんだ?怖気づいたのか?」
「いやいや、そうじゃねえんだ。出るらしいんだよなぁー?この辺…………」
「あぁ? 何がでるって……?」
「容赦情けない『斬り裂き魔』が出ちまうんだよなぁー‼︎」
クビキは言葉を終えると同時に刀を出現させた。
怒りや憎悪にも似た、無理に口角を釣り上げたような笑みを浮かべる。
荒くれ者達は、急に出現した刀を見ると驚愕し、距離をとった。
「テメェェェ‼︎ 何者だ‼︎」
「手品か何かか⁉︎ 畜生っ‼︎」
声を荒げるのは、感情が昂ぶっているから、もしくは未知なる恐怖への反射反応か。荒くれ者達は腰に付けていたホルダーから、マチェット型の刃物を抜き出した。
「ギャーギャーうっせぇなぁ……。だから、単なる斬り裂き魔です。よろしくって事で!さようなら!」
刀を抜刀させて、荒くれ者に斬りかかるクビキ。それに対し、当然、荒くれ者は、マチェットを掲げての防御か、回避行動、いずれか二つの選択を迫られる。
彼らは前者を選び、マチェットを横に構えて防御態勢をとった。しかし、クビキの刀を前に、その行為は間違いであり、自殺行為とも呼べる。
振り下ろされた刀は、まるでバターでも斬るかのように、マチェットの刀身を根元から斬り裂く。大して負荷のかからなかったクビキの刀は、そのまま荒くれ者を斬り裂いた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「…………⁉︎ クソッたれが…………‼︎」
胸部を浅く斬られた荒くれ者は、悲鳴をあげながら地面を転げ回る。それを見たもう一人の荒くれ者がマチェットの横振りでクビキに斬りかかった。
クビキが刀を立てて防御の姿勢をとる。
荒くれ者のマチェットが刀に触れると、そのままマチェットは持ち手部分から真っ二つにされた。
「…………なんだ……こいつの武器は……⁉︎」
「はははは‼︎ 斬り裂き魔にご注意ください‼︎」
酷く歪んだ顔で、笑顔を浮かべるクビキ。彼は容赦無く刀を振り下ろす。
噴き出す鮮血と月明かりの下で怪しく光る刀身。
その夜は、静寂を吹き飛ばすような叫び声が路地道に響いていた。
再び宿屋に帰ってきたクビキは二階の部屋へと戻って行く。
ドアノブをゆっくりと回し、音を立てないように部屋に入った。
「…………おかえりなさいませ。クビキ様……」
「…………おかえりなさいませ。クビキ様……」
彼は、シスリアとエスリアを気遣い、二人を起こさぬように、音を殺したつもりだったが、彼女達は寝ていなかった。加えて言えば、ベッドにはおらず、冷たい床の上に二人して座っている。
「なんだ、お前ら。寝ていなかったのか?」
コクンと頷くシスリアとエスリア。
「…………クビキ様がいませんでしたので……」
「…………シスリアとエスリアも眠る事は出来ません……」
「んで、ベッドじゃなくて床にいるんだ?」
「…………シスリアとエスリアがベッドを使うと」
「…………クビキ様の寝る場所が無くなってしまいます…………」
シスリアとエスリアは眠い目をこすりながら、クビキの事を案じていた。
「俺の事はいいんだよ。ガキのくせに気を遣いやがって……! ほら! 来い」
クビキはベッド中央に飛び込むとシスリアとエスリアを呼び込んだ。それを見た彼女達は安堵の表情に包まれ、彼の両脇に寝転がる。
「…………ありがとうございます。クビキ様……」
「…………クビキ様、おやすみなさい……」
シスリアとエスリアの二人に挟まれる形で横になるクビキ。彼は、これからの事を考えながらゆっくりと眠りにおちていった。