斬り裂き魔とシスリアとエスリア
「ガキどもは……大丈夫そうだな……。よかった」
ベッドに横たわる姉妹は、こうして見ると区別がつかないほどよく似ている。
彼女達はすぅすぅと小さな寝息をたてていた。
ーー(俺も少しだけ寝るか……。さすがに少し疲れた……)
クビキも椅子に腰掛け、目を閉じると、疲れも溜まっていたせいか、すぐに眠りに落ちていった。
…………。
……………………。
………………………………。
ーーガタッ……。
ーー(……? ………………なんだ?)
クビキが目を開けると、姉妹はベッドではなく床に座り、彼を見上げていた。
「……おお、ガキども。起きたか。身体はどうだ?」
「…………」
「…………」
何故ベッドではなく、床に座っていたのか。
何故姉妹は喋らないのか。
クビキにはその意味が理解出来なかった。
「チッ……。まただんまりか……?」
「……私達は…………」
「……あなたに何も返せません……」
生まれてからこれまで、路上で生活をしてきたのか、姉妹は現状をどう受け止めればいいのかわからないようだ。
ベッドの上にいる事も失礼であると考え、床に座り込んだのだろう。
「喋れるじゃねーか。床じゃなくてベッドに座れ」
姉妹は静かに頷いた。ふかふかのベッドに自分達が座っていいのかと困惑しながらも、ゆっくりと移動する。
「さて、まずはおめでたい自己紹介ってやつだ。俺の名前はクビキ。お前達の名前を教えろ」
「…………私はシスリアです」
「…………私はエスリアです」
クビキの強引な自己紹介にも、嫌な顔一つせずに対応するシスリアとエスリア。彼女達の真っ直ぐと向けられる視線に彼は少し困惑していた。
「そうだガキども。お前らに服を買ってきたんだった。これを着ろ」
クビキは側に置いてあった布袋から服を取り出すとシスリアとエスリアに渡した。
彼女達はそれを受け取るも困惑している。
「あん?どうした?」
「……私達が着ると汚れてしまいます…………」
「……私達は汚いスラムの子供です…………」
育ってきた環境のせいだろう。物乞いをする事はあっても、与えられる事に慣れていない姉妹はひらひらの飾りがついた衣服を眺めていた。
「汚れねぇよ。気にしないで着ればいいだろ」
「…………」
「…………」
「ああ、もう面倒くせぇ!」
クビキはシスリアとエスリアが着ていたボロボロの布を脱がせると、新しい洋服を着せる。
シスリアが黒を基調とした洋服、エスリアが白を基調とした洋服だ。
「…………綺麗です……」
「…………可愛い……」
二人に服を着せたところで、部屋のドアがノックされる。乾いた音は室内に響き、その音にシスリアとエスリアは身体を震わせ驚いていた。
「あんた達! 食事を持ってきたよ!」
宿屋の女店主がドアを開き食事を運ぶ。
運ばれてきた食事に対し、シスリアとエスリアは、おもちゃを前にした猫のように目を離すことが出来ない。
テーブルの上に置かれた作りたての食事は、彼女達にとって口にする事すら難しい、ご馳走に見えているのかもしれない。
「おやぁ、ちゃんと服を着れば可愛いじゃないの。ちゃんとあんた達の分もあるから、ゆっくりお食べ」
「じゃあ食うか」
「…………私達も食べていいのですか?……」
「…………いいのですか?……」
「当たり前だろ。ガキのくせに遠慮しやがって……。ほら、食え」
クビキは二つの小麦パンを鷲掴みするとシスリアとエスリアの口に、無理矢理押し込んだ。
呆気にとられて動けなかった彼女達だが、ゆっくり咀嚼をしていくうちに、次第に口に運ぶ速度が速くなる。気が付けばガツガツと目の前に用意された食事に貪りついていた。
「ハッ、やりゃ出来るじゃねぇか。ガキなんざそれでいいんだよ。やりたいようにやりゃいいんだ」
「…………おぃひぃ……おいひ……れす…………」
「……ありがとうごらいます…………ありがと……ごらいます…………」
「気にしねぇで、食え」
シスリアとエスリアは涙を大きな瞳に浮かべながら、パンやスープ、肉料理にかぶりつく。どのくらいまともな食事を食べていないのか。彼女達が食事にがっつく様子を見れば、それも伝わってくる。
「いつからまともな飯を食ってねぇーんだ?お前らは」
「……いつもはゴミを漁っています……。こんなご馳走は初めてです……」
「……初めてです…………嬉しいです……。パンくずと、くず野菜をゴミから拾っています……」
ーー(ゴミ漁り…………。小麦パンに野菜のスープ、ちょっとした肉料理…………。これが、ご馳走…………ねぇ)
「ちょっと待ってろ。まだ食うだろ? おかわりを貰ってくる」
クビキは少女達に告げると、ドアを開き、宿屋の一階へと降りて行った。
「店主、料理のおかわりを貰えるか? あと相談があるんだ」
「ああ、いいよ。相談ってなんだい?」
クビキは、全財産の入った金貨袋を、宿帳が置いてあるカウンターに提示する。
「まず、俺とあの二人のガキを、この金で一カ月泊めてほしい。もちろん飯も用意してくれ」
「ああ、これだけあれば大丈夫だよ」
「そして、何か稼げる仕事を斡旋してくれねぇか? 厚かましいとは思うんだが、俺はこの世界に来たばかりでな。まだよくわかってねぇんだ。この世界の事を」
『この世界』というフレーズに対して、女店主は複雑な表情を浮かべたが、しばらく考えると、再び口を開いた。
「何か事情があるんだね。わかったよ。仕事の斡旋ねぇ……。あんた、名前は?何が出来る?」
ーーぱしっ。
クビキは刀を出現させると女店主に見せる。
「俺はクビキだ。剣術を使える。この世界で役に立つ事はねぇか?」
「驚いた…………! 手品師かい⁉︎ あたしはヴァネッサだよ。よろしくクビキ。そうだねぇ……。剣術が使えるなら、用心棒なんていいかも知れないね。知り合いに一人いるから明日、連れていってあげるよ」
「何から何まで悪いな。よろしく頼むぜ」
宿泊の延長。仕事の斡旋。クビキはそれらをヴァネッサに頼むと、料理のおかわりを受け取り、再び二階へと上がっていった。
「おう、おかわりを持って来たぞ。食いたきゃ食え」
シスリアとエスリアに食事のおかわりを渡すと、彼女達はそれすらも、ペロリと平らげてしまった。
クビキにとって何気ない食事も、シスリアとエスリアにとっては本当に魅力的なものなのだろう。
「あとは、傷口にしみるかもしれねぇが、風呂に入って来い」
「…………」
「…………」
「どうした? 何かあんのか?」
「…………お風呂の入り方がよくわからないです……」
「…………文字も読めないです…………」
「風呂もわからねぇのか……? 文字は俺もわからねぇが……。いいや、来い。風呂に入れてやる。明日からは二人だけで入れよ?」
「…………?」
「…………?」
シスリアとエスリアは目を丸くしてキョトンとしている。
「今度はなんだ。ガキども」
「…………明日から……ですか……?」
「…………明日もご馳走…………食べれるですか?……」
「ああ、言ってなかったか。そうだった。お前らは、とりあえず一カ月、ここに泊まっていい。飯も出る」
「…………一カ月も……」
「…………ここにいてよいのですか……」
「ああ。てめぇらどうせまたペコペコあたまを下げるんだろ? そういうのはもういいから服を脱げ。さっさと風呂に行くぞ」
クビキはシスリアとエスリアの黒と白の衣服を脱がすと、自分も服を脱ぎ浴室へと連れて行った。