斬り裂き魔と姉妹
「…………」
「…………」
刀を出現させたクビキの事を、生気の無い目で見つめる姉妹。歳にして5〜6の幼い顔つきだ。
まるで無反応。ただひたすらにクビキの顔を見つめている。
彼女達の着ているものはボロボロになったベージュの布切れ。そして、寒さを凌ぐように黒茶の布を二人で被っていた。
「…………あん? 孤児か?」
「…………」
「…………」
「…………口も聞けねえってか。ま、精々頑張って生きろや」
物言わぬ少女達に金貨を一枚ずつ放り投げると、クビキは足早にその場を離れた。
ーー(自分だけが不幸だと思っている顔がムカつくぜ……)
辺りを見回すと、大通りにはきらびやかな商人や通行人、貴族の格好をした者までいる。
しかし、仄暗い路地道に目をやると子供達がボロ布をかぶり、寒さを凌いでいた。
ーー(貧富の差。ねぇ……。結局どこの世界に行ったって汚ねえもんは汚ねえ。そして、被害を受けるのはいつだって力を持たない子供達だ)
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! パンはいらないかい⁉︎ 香ばしく焼いた穀物パンに、新鮮な野菜をサンドしてあるよ‼︎」
「ああ、美味そうじゃん。そうだな、じゃあその穀物パンサンドを一つ…………」
ーー(……あのガキども………………)
「チッ……。おばちゃん、穀物パンサンドを三つだ!」
クビキの脳裏に、姉妹の顔が浮かぶ。
穀物パンサンドを渡した時、姉妹達はどんな表情を浮かべるのか。彼を崇めるだろうか。
そんな好奇心だったのかもしれない。
強者から弱者への施し、そんな優越感に浸りたかったのかもしれない。
クビキは露天商人から穀物パンサンドを3つ受け取ると、来た道を引き返し、姉妹達のいた路地道へと戻っていった。
ーードサッ……。
クビキの手から離れた穀物パンサンドは、石畳の地面に落下する。
「何だこりゃ……」
クビキが姉妹達のいた場所へ戻ると、そこには傷だらけで倒れる二人がいた。
「おい、てめぇら‼︎ 誰にやられた⁉︎」
「…………ごめん……なさい……」
「…………せっかくもらったお金…………」
「んな事どうだっていい‼︎ お前らは大丈夫なのか⁉︎」
ーー(クソッ……‼︎ こいつらの襲われた理由が、何の考えなく渡した俺の金貨だとしたら…………。こいつらが襲われたのは俺のせいじゃねぇか‼︎)
「…………大丈夫……です」
「……いつもの事ですから……」
ーー(…………今はとにかく、こいつらが休める場所へと運ばなきゃならねぇ……。となると宿屋か⁉︎)
クビキはボロボロになった姉妹を担ぎ上げる。栄養のある物を食べられないせいか、少女二人を担ぎ上げても、殆ど重さは感じられない。
「ちょっとだけ我慢しやがれ‼︎ 揺れるぞ……‼︎」
「…………」
「…………」
ーー(こいつらの血は、ちっとも綺麗に思えねぇ……)
どれくらいの時間を走っただろうか、クビキは息を切らし、額には汗が滲んでいた。
街は広く、日が沈み、次第に辺りは暗くなってくる。
「あったっ‼︎ 手間掛けさせやがって‼︎ ……店主‼︎ 部屋を借りたい‼︎」
「はいよ、いらっしゃい! おや、その子達……。スラムの子達じゃないかい⁉︎ 勘弁しておくれよ‼︎ 汚いし、病気がうつっちまう‼︎」
斬り裂き魔をやっている手前、命の重さについて何も反論する事は出来なかったが、宿屋の女店主に対して、ぶつける事の出来ない怒りが込み上げる。
「金なら二倍でも三倍でも払う‼︎ 俺がこいつらの身なりも整えてやるからしばらく宿を貸してくれ…………。頼む……」
他人に対して頭を下げた事など、いつ以来だっただろうか。クビキは葛藤していた。この姉妹のために何をムキになっているのか。
自分が今までしてきた事を棚に上げて、今更偽善者にでもなるつもりなのか。
「20万Dだ‼︎ 今日一日! これでこいつらの傷を医者に見てもらって、綺麗にしてやってくれ‼︎ 頼む‼︎」
「20万D⁉︎ あんたうちの宿は一泊6千Dだよ⁉︎」
「まだ不服か……?」
「いいや、とんでもない。あんたの希望通りにやらせてもらうよ! お客様‼︎」
ーー(後は服屋か……それなら確かこの宿の向かいにあったはずだ……)
クビキは宿屋の扉を開けると、向かいのブティックへと足を運んだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「ああ、6歳ほどで子供用の服を二着探している。できれば下着も頼む。 そうだな、どうせなら可愛い奴を選んでくれ」
「かしこまりました」
ブティックの店員は、手慣れた様子で衣服を選び布袋に詰めた。
ーー(俺が女児の衣服を買う日が来ようとはな……。今日はクソみてぇな一日だ)
クビキは複雑な心境で宿屋へと帰って行く。日はすっかり沈み、暗闇と静寂が辺りを包んでいた。
「あんた! あの子達なら大丈夫だよ。もう少ししたら目を覚ますだろうってさ」
「世話をかけたな。助かったぜ」
「いいんだよ‼︎ あれだけお金をもらったんだ。相応の事はさせてもらうさ! 食事が出来たら運んであげるから、あんたはあの子達についていてあげな!」
「ああ、わかった!」
言われた通りに階段を上がるクビキ。一歩一歩、木造階段の軋む音が宿内に響く。
金属製のドアノブを回すと、彼はその部屋に入った。