斬り裂き魔とユルルルルングス
ーーそして、おはよう、地獄。
ーーあれだけの人間を斬り裂いてきたんだ。然るべき報いを受けて当然だ。
意外にも彼は冷静だった。静かに自分の置かれた状況を理解する。
「……俺は死んだ。それはわかる
血があれだけ出れば、そりゃ死ぬ。必然だ」
ただ、彼にとって、この場所が思い描いた地獄ではない。
聞いていたような阿鼻叫喚や灼熱、針山などの類も無い。
地獄じゃないとすればここは何処なのだろうか?
「最後の最後に閻魔大王でも斬りつけてやろうと考えていたのだがな……。未遂に終わっちまった。つまんねぇ」
「神喰 クビキ。あなたは日本時間、22:18:46に、亡くなりました」
「ーー‼︎ ……誰だテメェ」
「ここは、死後、死者が最初に訪れる選定の間。そして選定の間にいる絶世の美女‼︎ それが私、異世界案内キャンペーン代表、神族役所異世界第三課所属、ユルルルルングスちゃんです‼︎ はい、拍手‼︎」
ビジネススーツに身を包んだ女性が両手を広げてドヤ顔をする。鼻の穴がヒクヒクと動き、いかにもいやらしい表情だ。
ーーヒュッ……ヒュッ……‼︎
クビキの放った使い捨てメスの攻撃は、確かにユルルルルングスを捉えたかに思えた。……が、しかし。
「残像だ‼︎ ははは‼︎ 当たらんよ‼︎」
残像を残しクビキの背後をとるユルルルルングス。
「チッ、やるじゃねぇか。あんた『ル』が多いんだよ。言いにくいんだ」
「えっ、じゃあ、『ユルル・ルルングス』ここで切れば言いやすいよ‼︎」
「ユルル・ルルングス。あ、本当だ…………じゃねぇ! …………俺はたくさんの人を斬ったんだが、地獄に行くんじゃないのか?」
華麗なノリツッコミを見せるクビキ。
「いや、異世界に転送しちゃいます。ぶっちゃけ人を斬ったら『悪』なんて、人が決めたルールで、神族である我々には何の関係もありません! 以上です‼︎」
ユルルルルングスは腰に手を当てると、ドヤ顔で鼻息を荒げる。黙っていれば美人な顔立ちなのだが、今更黙ってももう遅い。
「異世界って、漫画とかアニメとかのやつか⁉︎ 魔法が使えたり、ドラゴンがいたり、人間とは違う多種族がいたりするやつか⁉︎」
「なんだぁ‼︎ 知ってるじゃないですかぁ⁉︎ クビキさんの予習完璧ガリ勉野郎が‼︎ 気持ち悪い‼︎」
ユルルルルングスは「お前、異世界行きたかったんだろぉ〜⁉︎ 言うてみ? 正直言うてみ?」みたいな目をしている。
ーーシュパッ……‼︎
クビキのメス攻撃はやはり当たらない。
「チッ、やっぱり当たんねえ。確実に斬ったはずなんだがな……」
「そりゃそうですよ‼︎ 私は神族ですもの! ここに来る方の攻撃なんて当たらないように設定していますって!」
ーー設定しています……それは……
「ーーチートじゃねぇか‼︎ インチキ神族め!」
「ほらほら。お約束の異世界特典あげますから。それ受け取ってさっさと行ってくださいよ〜‼︎ 後がつかえてるんですよぉ〜‼︎ 何が欲しいんでちゅか〜? 魔法でちゅか〜? それとも強力な武器でちゅか〜?」
ユルルルルングスは、
神族煽り選手権〜ねぇ今どんなKIMOCHI?〜という大会で、毎年、上位五本の指に入る猛者である。
「ハッ! そんなん決まってんじゃねぇーか‼︎ 神族でも、チートでも、何でも斬れちまうような刀だ‼︎ それさえあれば、今すぐお前を叩き斬ってやる‼︎」
「ほい、かしこぉ〜!」
ファ〜、でも、フィ〜、でもない謎の効果音とともに、光り輝く刀の一振りが具現化して現れた。
「物分かりがいいじゃねぇか‼︎ いい刀だな」
「ええ、そうでしょう! そうでしょう! その刀のモデルは『備前長船長光』なんですからね‼︎ 性能はあなたのリクエスト通り、神族もチートも何でも斬れちまうって感じですね‼︎ ひゃー、怖い!」
「じゃあ、早速試し斬りをしようかね」
クビキは鞘から刀を抜刀すると、姿勢を低くしてユルルルルングスに飛び込んだ。
「テメェの身体でなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎ ユルルルルングス覚悟ぉぉぉぉ‼︎」
「はい、そのまま異世界にどーん!」
ユルルルルングスが手をかざした瞬間、クビキは消え去り、異世界へと飛ばされる。
ニヤリと笑う彼女の前に、クビキはあまりにも無力だった。