プロローグ
ーー赤い夜っていうのは、比喩表現であって、本当に夜が赤いわけじゃない。
じゃあ、赤い夜って何なの? ってな具合にみんな俺に聞くわけだ。答えなんてたくさんあるだろう?
街をイルミネーションの光が、真っ赤に染めているのかもしれない。ああ、それもいいな。実にロマンチックだ。
いやいや、赤といったら苺や林檎の甘くてすっぱい果実かもしれない。フルーツを頬張り、今日一日頑張った自分へのご褒美というわけだ。
もしかするとベッドの上で淫らに誘惑する女豹が、真っ赤なランジェリーを着ているのかもしれない。これもいいな。まさに赤い夜だ。
まあ、色々あるだろ?
答えなんて人それぞれの十人十色。一つを選ぶ必要はないのさ。
ただ、そうだな。俺から言わせてもらえば、それら全ての回答は漏れなくバツだ。
加えて言わせてもらえるなら『クソつまんねぇ死んでくれ』って感じだな。
何だ、『イルミネーション』って。「ピカピカ光っててキレイ」って、鳥かてめぇらは。
何だ、『苺や林檎』って。メルヘンポエマーか。正直つまらな過ぎて、いい切り返しが見つからねえ。
何だ、『真っ赤なランジェリー』って。下着は黒のレースに決まっているだろうが。
……。
それじゃあ、まあ、答え合わせといきましょうか。
赤い夜ってのは、『血まみれの夜』と相場が決まっているのさ。
んで、何故血まみれになるのかって話なんだが、それも至極簡単、単純明快、快刀乱麻。
ーー俺が『斬り裂き魔』だから。
斬り刻むのさ。
人を。
何故って赤が好きだから。
血の赤ってのは、絵の具じゃ表現できない。
乾くと、どす黒くなるからな。
ただ、俺にもポリシーがあるんだ。
『首は決して斬らない』……だって首を切ったら俺達人間は終わっちゃうだろ?
美しい赤が出なくなるし、作られなくなるんだ。
そんなのは悲しい。
血が出るから俺は人を斬るのであって、血が出なかったら今頃は聖職者にでもなって、美人なシスターの姉ちゃんとよろしくやってるさ。
腰を振りながらね。
使う刃物は、使い捨てメス。
医療用と何ら変わらないこの道具はネット販売なんかでも簡単に手に入る。
切り開いた時の、血が滲む様がやたらに綺麗に見えるんだ。最近お気に入りの一品。
んで、この日の夜も、斬り裂き衝動に駆られて、ファー付きのフードを深くかぶり、細い路地にスタンバってたんだけども…………
「あなたの血は綺麗?」
耳を疑ったね。
まさかの同業者に、背後から首を斬られた俺。
ああ、めちゃくちゃ痛え。痛えけど、俺の血、めっちゃ綺麗。
ってか、情け容赦なく首を斬るなんて、同じ斬り裂き魔として神経を疑うね。
首を切ったら死んでしまうじゃねえか。
ドクドクと流れ出る俺の血は、ボタボタと地面にこぼれている。
これはこれでありかもしれないけど、もう綺麗な赤を見ることは出来ないのかと考えたら、少しだけ悲しくなった。
あー、出来ればもう一度、血が見たい。全身から血を噴き出す淑女が見たい。あれはたまらなく綺麗だ。
思い返せば今までたくさんの人間を斬った。
少女からおじさんまで、ジャンルを問わず斬りまくった。
人の不幸の上に、俺の幸せは成り立っていると言っても過言ではない。
だが、ついに俺も前者になったわけだ。
あの斬り裂き魔の幸せとして俺は斬られた。
ただそれだけの事さ。
ああ。視界がぼやける。
意識も段々無くなってきた。
……さようなら。クソみたいな世界。