レットタイド・ジェラシープール
夏休み、小学校のプールは、児童たちのために午前中から昼にかけて解放される。
長い夏休み、小学生は宿題に追われながらも、「せっかくの休み」を満喫したいと考えていることだろう。
そんな夏休みの思い出を手伝うために、PTAや学校の協力の元、プールでは大人の監視付きで自由に泳ぐことができるよう、解放されているのだ。
もちろん、対象はこの学校に通う小学生なのだが、近くの小学校の児童や保護者も一緒に利用することができる。普段なかなか遊ぶことが無い他校の児童と遊べるということもあり、プールはとても賑やかだ。
「マユちゃん、二十五メートルのクロールで勝負しようよ!」
「いいよ、リサちゃん」
マユとリサは、共にこのプールがある小学校の児童だ。二人とも水泳が得意で、いつも競争をしている。
「先に向こうの壁に手をついた方が勝ちね。位置について、よーい……」
リサが「ドン!」と声をあげると、二人は一斉に飛び込み台から飛び込んだ。すごいスピードで泳いでいく二人を邪魔しないよう、児童たちは自分からコースを離れていく。
「うわぁ、あの二人、小学生なのにあんなに早いの?」
「これは将来、オリンピック候補かなぁ」
周囲の人たちは、二人の泳ぎに驚きながら、泳ぐことを忘れて応援を始める。たくさんの声援の中、先に手をついたのはマユだった。
「はぁ、はぁ、やったぁ! でもリサちゃん、また早くなったんじゃない?」
「う、うん。私だって、練習したんだもん。でも、まだマユちゃんにはかなわないね」
そう言い合いながら、二人はプールから上がった。
「あ、メール」
ベンチに置いてあった携帯電話の、着信を知らせるライトが点滅している。リサはそれを手に取ると、メールをチェックした。
「ケンタ君からだ。遅れてくるんだって」
「ケンタ君って、第二小学校の?」
「うん、最近付き合いはじめて……」
「へぇ……」
第一小学校から近い第二小学校からは、多くの児童が集まってくる。今日も、何人かそんな児童の姿が見られた。
「でもさ、ケンタ君って、かっこいいよね。水泳も早いし」
「うん……あ、マユ、そんなこと言っても、ケンタ君は渡さないからね!」
リサはこのプールでケンタに出会い、二人は付き合うことになった。ケンタのことはmマユも知っている。
「大丈夫だよ、私、男の子に興味が無いから」
「またまたぁ、好きな人くらい、いるんでしょ? 白状しなさい!」
「キャッ、ちょ、やめてよぉ!」
リサがマユの身体をつっつくと、マユは体を後ろに引いた。
「うわっ」
その時、誰かにどんっ、とぶつかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい」
「び、びっくりした。なんだ、リサにマユちゃんか」
ぶつかった相手は、リサと付き合っている、四年生のケンタだった。
「あ、ケンタ君、遅くなるんじゃなかったの?」
「うん、そうだと思ったんだけど、塾が早く終わったから」
そう言うと、ケンタはプールに入る前の体操を始めた。
「よかったー! じゃあケンタ君、休憩終わったら一緒に泳ごうよ」
「もちろん、マユちゃんも一緒に泳ごうよ」
ケンタは、マユにも声を掛ける。
「え、うん、いいよ。人数は多い方がいいし」
「よかった」
ケンタが背伸びをしていると、休憩の終わりを示す鐘が鳴った。
プールの時間も終わり、マユとリサ、ケンタの三人は、近くの駄菓子屋で涼むことにした。店内にベンチがあり、買ったものを食べることができる。三人はベンチに座り、仲良くアイスクリームを食べることにした。
「それにしても、マユちゃん、すっごい早いね。小さいころから水泳してたの?」
ケンタがアイスをぺろぺろ舐めながら、マユに尋ねる。
「うん、小さいころから、リサちゃんと一緒に海で泳いでいたから。お父さんも水泳得意だし、一緒に教えてもらっていたんだ」
「へぇ、それで……」
ケンタはマユの身体をじろじろと見まわす。それに気が付いたマユは、少し引き気味になっている。
「ちょ、ちょっとケンタ君、マユちゃんをじろじろ見ないの!」
「え、別にいいじゃんちょっとくらい。それとも、妬いてるの?」
「い、いや、まあ……それもあるけどさ」
「もう、僕はリサだけだよ」
ケンタはそう言うと、リサの頭をなでた。膨れた顔をしていたリサだったが、少しだけ笑顔が戻った。
「マユちゃん、明日もプール、来るんでしょ? またマユちゃんの泳ぎ、みたいな」
何故かマユに振ってくるケンタに、マユは思わずアイスを落としそうになる。
「え、う、うん。また明日、一緒に泳ごうね」
そう言うと、マユは慌ててアイスを食べあげ、席を立った。
「じゃ、じゃあ、私、そろそろ帰るね。リサ、また明日」
「えー、ちょっと、一緒に帰ろうよ!」
走って行くマユを、ケンタは慌てて追いかけた。リサは、それを面白くなさそうに見つめていた。
「リサちゃん、こんな時間にこんなところに呼び出して、どうしたの?」
午後十時、マユは第一小学校のプールにやって来ていた。どういうことか、リサに呼び出されたのだ。
鍵はかかっているものの、プールの柵は小学生でも簡単に乗り越えられる。マユは親をごまかして、こっそり抜け出してやってきたのだ。
「マユちゃん、ケンタ君のこと、本当はどう思っているの?」
「え、どうって……」
生ぬるい風が、二人のワンピースを揺らす。ケンタの事を特に考えていなかったマユは、答えに迷っていた。
「確かにケンタ君はかっこいいけど、別にそれ以上は……」
「嘘、本当はケンタ君のこと、好きなんじゃないの?」
ものすごい剣幕のリサに、マユは驚いて後ずさる。
「ど、どうして? 私、ケンタ君にはちょっと困ってるくらいなのに……」
「ケンタ君、私じゃなくてマユちゃんのことばっかり見てるもん。ケンタ君に何したのよ!」
リサはいらだったまま、マユに詰め寄る。
「ほ、本当に何もないんだって! 信じてよ!」
「マユちゃんのせいで、私は、私は……」
リサはふと、隠し持っていたナイフを振り上げた。
「や、やめてリサちゃん、私、本当に……」
「マユちゃんのバカ!」
「いやぁぁぁ!」
マユは思わず、リサの身体を突き飛ばした。小さくて軽いリサの身体は、思い切り飛び込み台にぶつかり、鈍い音を立てた。
「はぁ、はぁ……り、リサちゃん……?」
マユが近づくと、リサは後頭部から血を流していた。意識を失っているだけかもしれないが、マユから見ればぐったりとしたリサの身体は、死んでいるようにしか見えない。
「リサちゃん……? ねえ、起きて?」
何度ゆすっても、リサは目を開かない。
「そんな……」
マユはその場で倒れ込んだ。夏の夜だというのに、冷たい風が吹き抜ける。
すぐさまその場を離れようとした時、入口からがさっ、という音が聞こえた。誰かが入って来たらしい。
「……マユちゃん、なんでこんなところにいるの?」
声の主は、ケンタだった。
「え、け、ケンタ君? なんでこんなところに……?」
「え、いや、えっと、リサがプールに向かっているのを偶然見かけたからさ」
口ごもりながら言うケンタだったが、マユそれを疑問に思う余裕はなかった。
「それより、どうしたの? そんなに震えて」
ケンタがそっと、震えているマユの肩を抱く。
「り、リサちゃんが……血が、たくさん出てて……」
倒れたリサの身体を指さしながら、マユは震え声で言った。
「ああ、リサ……」
ケンタはゆっくり立ち上がり、倒れているリサに近づく。そして、そっと抱きかかえた。
「……まだ生きてるね」
「え、生きてる……?」
「うん、息がある」
「よ、よかった……」
リサが生きている、ということを知り、マユはホッと胸を撫で下ろした。
しかし次の瞬間、ボチャン、という水の音がした。何が起こったのかと水音の方を見ると、プールから水しぶきが見る。そして、ケンタが抱きかかえていたはずのリサの身体は、どこにもなかった。
「え、け、ケンタ君、何を……?」
マユが尋ねると、ケンタがすっとマユの方に振り返った。月明かりに照らされたケンタの顔は、不気味な笑みを浮かべていた。
「生きてるから、プールに投げ込んだの。明日になれば、多分死んでると思う」
そして、ケンタはマユの元にゆっくりと近づいた。
「ど、どうして……? だって、リサはケンタ君の彼女でしょ? どうしてそんなことするの? ねえ、教えてよ!」
マユの声が、夜の空に吸い込まれる。ケンタはじりじりとマユの方へ近づき、それに合わせてマユは倒れ込んだまま後ろへと逃げる。
「だって、あいつ結構鬱陶しいからさ。何かあるとケンタ君、ケンタ君って。ちょっと付き合っただけだけど、もうなんかめんどくさくなって」
「そんな……ひどいよ! だからって、こんなことしなくても……」
「大けがしてたから、かわいそうじゃん? だから、楽にしてあげたんだ。これからは、僕はマユちゃんと一緒にいたいんだ」
マユの手に、何かが当たる感触がした。後ろは金網、もう逃げられない。
「さあ、僕の物になってよ。そんなに怖がらなくてもいいよ、優しくしてあげるから」
「いやぁぁ、来ないで! 近寄らないで!」
ケンジはマユの手を取り、そして
次の日、プールで女児の遺体が二体発見されたことが、ニュースに取り上げられた。
いずれも第一小学校の児童で、警察は事件の方向で調べを進めている。
マユとリサが死んだその日から、当然プールの使用はしばらく禁止になった。有力な手掛かりが少なく、犯人はまだ分かっていないそうだ。
ケンタはマユとリサが死んでからというもの、部屋でふさぎ込むようになった。夏休みの宿題は何とか仕上げたらしいが、時々学校に来ない日もあるらしい。
一年後、また夏が来て、プールが解放されることになった。
あの事件から安全性が強化され、プールが閉まっている時には簡単には入れないようになっている。大人の監視も、以前よりも強化されたという。
「ねえ、今日は第二小学校の子、来るかな」
「さぁ……来るんじゃない? 大体いつも来てるでしょ?」
「私、今日こそ告白するんだ」
にぎやかなプールのプールサイドで、二人の女の子が話をしている。時々きょろきょろとあたりを見回す。しかし、お目当ての人はいないようだ。
「告白って、まだ小学生でしょ? 今から付き合うって……」
「だって、クラスの子、もう彼氏持ち何人もいるんだもん。私だってそろそろ……」
「そんなに焦らなくてもさぁ」
そんな話をしていると、入口から一人の男児が入って来た。服装からみるに、第二小学校の児童のようだ。
「あ、来た! ちょっと行ってくるね」
「え、ちょ、ちょっと! 走ると危ないよ!」
女の子の一人は、慌ててその男児の元に駆け寄る。男児が更衣室に入ろうとした時、女の子が服を引っ張って止めた。
「ん、どうしたの?」
「え、えっとあの、その……」
女の子は戸惑いながら、頭を下げて精一杯の気持ちを伝えた。
「ケンタ君、私と付き合ってください!」
夏のホラー2015に提出しようとしたけれど間に合わなかった作品。40分で3000文字とか無理でした(汁
あまり考えずに書くとろくなことがありません。