おとぎ話
これは帝国が大陸を統一する前のこと、帝国の北側に広がる「魔の森」が「恵みの森」と呼ばれていた頃のお話です。
むかしむかし、広大な「恵みの森」のどこかに小さな国がありました。
国を取り囲む森にはいろいろな実の生る木がたくさんありました。とろけるような甘い果物やさわやかな酸味のある果物、中には堅い殻の中にケーキのようなふんわりとした甘い実の入っている珍しい木の実までありました。
森にあるのはもちろん、食べられる木の実だけではありません。
深い森に足を踏み入れれば、つややかなドレスを作るための糸の入った木の実や木漏れ日のような緑の石まで実っていたのです。
そうしたすばらしい森の恵みのおかげで、その国は小さいながらも豊かな国でした。
皆が森を愛し、森の恵みを分け合って、穏やかに幸せに暮らしておりました。
時にはよからぬ企みを抱く他国の者が攻め込んでくることもありましたが、いつも深い森が阻んでくれました。
悪者が森に立ち入れば、たちまち木々が惑わし、遠ざけて、その国に入れないようにしてくれたのです。
そんなある日のことです。
突然、森は空に輝くお日様を隠してしまいました。
お日様が消えてしまえば、森は真っ暗になり、誰も立ち入ることはできません。
暖かなお日様の消えた国はどんどん冷たくなり、木の実が取れない民はおなかがすいて、凍えてしまいそうになりました。
震えながら皆が森に呼びかけました。
愛する森よ。どうか、どうか、お日様を返してください。なぜ、このようなひどいことをするのですか。
森はひどいのはお前たちの方だ、と答えました。
森は寂しくてたまらなかったのです。
森はどれだけ皆に恵みを与えても、いつだって一人ぼっちでした。
用がすめば誰もが森からすぐに出て行ってしまい、小さな国へと帰っていくからです。
だから、もう帰ることができないように、この国をすべて森にしてしまうためにお日様を隠してしまったと言うのです。
ですが、森の中で人は生きられません。お日様の光も届かないような深い森の中では、人は凍えてしまうからです。
皆がどうしたものかと困ったとき、王様の娘が鈴を振るような声で言いました。
それならわたしが森の傍らに参りましょう。わたしが森の花嫁となりましょう。
王女は夜のような黒髪と木漏れ日のような明るい緑の瞳を持った、それはうつくしい姫君なのでした。
王女を花嫁に迎えた森はとても喜んで、お日様を小さな国に返してくれました。
明るいお日様が戻ってきて、豊かな森の恵みの下、皆が幸せに暮らしました。
やがて、長い月日が流れました。穏やかで幸せな日々が続けば続くほど、皆は森をだんだんと恐れるようになりました。
王女はまだ森の側にいるのでしょうか。それとも、森はまた、一人ぼっちになってしまったのでしょうか。
輝くお日様の消えた凍えた日々を思い出すだけで、皆は震えあがり、誰もが不安を口にしました。
また、お日様が隠されたらどうしよう。暖かな日差しと森の恵みがなければ、私たちは生きていられないのに。
ついに、恐れていた日がやってきました。森がまたもやお日様を隠してしまったのです。
人々が寒さに震えていると、王女が森に向かって駆け出しました。王女が森の花嫁となると、再びお日様は戻ってきました。
これより、森に囲まれた国の王女はお日様が隠されるたびに、森の花嫁となることになり、国は森の恵みの下、ますます繁栄していったのです。
ですが、その繁栄もやがて終わりを告げることになります。
その国を訪れた帝国の皇子が森の花嫁となるうつくしい王女を哀れんで、救い出そうとなさったのです。
森は怒ってお日様を隠し、駆け出した王女を森に迎え入れた後、森に誰も立ち入ることができなくしてしまいました。
森の恵みを失った国は緩やかに滅びていき、最後の王様も森に消えて、結局、その国は森に飲み込まれてしまったのでした。
残された民は帝国の皇子の庇護の下、帝国の民となり、皆幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
(おしまい)