A Boy meets A Girl.-緑-
ボーイミーツガールの第2弾。
でも、前の話とは全然関係ないよ。
「僕の名前は金田 優。好きな色は緑です」
皆さんは自己紹介に困ったことはないだろうか。
自己紹介というとあれだ。自分の名前を言って好きな食べ物やら何やらと言って自分をPRするものだ。学校で新学期とかにやる。
そこで最初の問い。自己紹介に困ったことがあるか、だ。10人に1人くらいはあるんじゃないかと思う。クラスメイトへの自己紹介、というと多いところじゃ40人くらいいるわけだから、内容がかぶらないように気を遣う。小学生のころはそうでもないが、学年が上がってくるとそれが気になり始めて、男子なんかだとウケも意識し始めるので自己紹介一つするのにかなり神経を削る羽目になる。
冒頭は俺の自己紹介だ。人称が違うとか突っ込まないように。そこは[大人の事情]ってやつだ。
[好きな色]というのは非常に当たり障りのない項目だ。逆に言えば、全く以て面白くない。俺は別にウケを狙っているわけではないので面白くなくても一向に構わないのだが、そんな俺にだって体裁というものがある。クラスの連中から白けた目で見られるのも嫌なので、ちょっと付け足す。
「何故なら僕の兄は戦隊ヒーローの緑だからです」
金田 秀。俺の兄で駆け出しの俳優……ではなく、殺陣の役者。アクションシーンの代役っていうあれだ。顔はいいんだけど、演技はからっきしで、今はこのような立場にいる。
そんな兄貴がようやく手に入れた初のレギュラー出演の役(つまりアクションだけじゃない役)が[特防戦隊アースソルジャー]のグリーン。かなりの大躍進だ。しかしながらグリーンはほとんど台詞がなく、戦闘中にいいところで仲間を助けに来て「大丈夫か?」と言うくらいで、ほとんど今までとやってることは変わりない。
「へえ、あのグリーンソルジャーって優の兄ちゃんだったんだー」
「すっげえ」
どうやら白けるのは逃れたらしい。
「でも緑って地味じゃね?」
「言えてる〜」
……などと言っているやつもいるが、まあよしとしよう。
この時俺はこの後起こることなんて考えてもいなかった。
「おーい、グリーンソルジャーの弟!」
「その呼び方やめろ、光!」
栗原 光。俺の友人だ。
「いや〜驚いたぜ。お前の兄ちゃん、とうとうちゃんとした俳優になったんだな」
「ほとんど喋らん緑だけどな」
「緑言うなよ。戦隊ものは英語で言うのが礼儀だぜ」
「礼儀か?」
俺が兄貴の役を緑と言うのには理由がある。それは兄貴の役名。グリーンソルジャーの世を忍ぶ姿は[緑川 学]というのだが、俺は一度[みどりかわ]を間違えて[りょくかわ]と読んでしまい、大恥をかいたことがあるのだ。以来、もう二度と間違うものかと決意して緑と言うようにしている。
「ま、グリーンソルジャー緑川 学は女子からも[緑さん]と慕われてるけどな。ほれ、お客だよ、弟」
「弟言うな!って、わあぁぁぁっ!」
大量の女子が押し寄せてきた。「緑さんにサインもらってきて!」とか「緑さんに会わせて!」とか、色々言っているようだが、みんな俺を窒息死させようとしているようにしか思えなかった。
女子に囲まれ、あたふたしている優を見る目が2つ。
「あいつ、調子乗ってやがんぜ」
「女子に囲まれてよ。迷惑だみたいに言ってるけど、顔はまんざらてもねえって感じじゃねえか」
「けっ、気に食わねえ」
「ならさ、ちょっと懲らしめてやらねえ?」
「いいな。……いや、待てよ。あいつ兄貴と同じでめちゃくちゃ強いって噂だぜ?」
「今、いい作戦思いついた」
「闇討ちでもするのか?」
「いや……ゴニョゴニョ」
「……ほう、そいつは面白そうだ。やろう」
果たし状。
「なあ、光。これ、読めるか?」
「どっからどう見ても果たし状としか読めねーよ」
確かに、俺の手にあるものはそうとしか読めなかった。内容はこうだ。
「昼休み、校舎裏へ来い。一騎討ちだ」
頭の悪そうな字体でそう書いてあった。
「受けるのか?」
他人事の光が面白そうに訊いてくる。まさか、と俺は首を横に振る。
「こんなアホっぽいのに答えるなんてバカのすることだよ」
「そ。……ん?なんか書いて……ぷっ」
「なんだよ?」
「ただの宛名」
「はあ?」
光の示したところに目をやるとそこにはこうあった。
「親愛なるグリーンソルジャーの弟様へ」
ぐしゃっ……俺は果たし状を握り潰した。
「行ってやる」
「ん?」
「首洗って待ってやがれよ、差出人……!」
俺はキレた。完全にぶちギレた。
「お前、バカ確定だぞ……?」
光がそんなことを言った気がしたが、どうでもよかった。
さて昼休み。校舎裏である。
「来たな、グリーンソルジャー、の弟」
「来てやったぜ、腹黒 奏」
「羽黒だ!」
クラス一の巨漢、羽黒 奏。そしておそらくクラス一のバカ。
「お前、今失礼なこと考えただろ?」
「てめえに対する失礼なことなら年がら年中考えてるぜ」
「野郎……調子乗ってんじゃねえぞ!こっち来やがれ」
「ああ、行ってやるさ。っ……うわっ!?」
何かに足を引っ掛けた。細くて強い糸のようだ。転倒する
「はははっ、だっせえ!……ん?」
と見せかけて俺は宙返りをし、羽黒の目の前に着地。
「グリーンソルジャーの弟様に随分と舐めた真似してくれんじゃねえか。腹黒の分際で」
「羽黒だ!!フン、これで終わったと思うなよ?」
「何……?」
羽黒が校舎の上を示す。俺がそちらを見るとそこにはベランダで女子が育てている花の植木鉢。
ぱちん、と音がし、直後、植木鉢が落下を始める。俺は慌てて駆け出した。だって、そこを裏口から出てきた女子生徒が通りかかる。それにあれにはクラスの女子が一所懸命に育てた花がーー!!
「ちょっとどけ!」
「え?きゃっ……」
がしゃーん。
目に激痛が走り、俺の意識はそこで途切れた。
「作戦成功だな、白樺」
「ボクの作戦は完璧さ、羽黒クン」
陰から出てきた白樺という眼鏡の少年は鋏を手にしていた。植木鉢を吊っていた糸を切ったのだ。本来なら優の足が引っ掛かったことで糸が切れる予定だったのだが、糸の強度が強すぎたらしい。
「さて、ボクらは退散しますか」
「待って……!」
弱々しい少女の声に立ち去りかけた2人が振り向く。そこにはさっき通りかかった少女と、倒れて動かない優、そして血溜まりがーー
「え、まさかーー」
「金田くんが、動かないの。返事がないの。助けて!!」
少女の声など耳に入らず、2人は一目散に逃げ出した。
「脳には異常なし。しばらく頭痛はするだろうけど、それ以外の後遺症はない。……とりあえず、この結果はよかったと言おうか、優」
俺が目を覚ました時にはことがあってから1日が過ぎていた。
植木鉢で頭を打ち、意識を失って病院に運ばれた。目覚めて最初に見たのは……緑川 学の格好をした兄貴だった。
「……でも、結局植木鉢は割れたんだろう?」
「花は植え直せばいいさ」
「……目は怪我したし」
「失明だって、右目は。……でも、女の子を守った」
「グリーンソルジャーは前向きだな」
「緑を守った弟を誇りに思っているんだよ」
「けっ」
格好いいな、と思ってしまう。さらりとそんなことを言ってしまう兄貴。演技はからっきしなクセに、こんな時ばかり素で格好いい。
「……にしてもなんで緑の格好なんだよ?」
「もうすぐアースソルジャーの収録だからね。ゆっくりとしてられない」
「……なんかごめん」
「ううん。優の無事が確認できてよかったよ。じゃ、今度は僕が緑と地球の平和を守りに行きますかね」
「……行ってらっしゃい」
ロングコートに帽子とサングラスをつけて病室を出ようとしたところで、兄貴は一度立ち止まった。
「そうそう、目のことだけどね」
「失明だろ?他に何かあるのか?」
兄貴は薄く笑った。
「君の片目になりたいって子がいるから、ちゃんと話、聞いてあげなよ」
「は……?」
扉が開く。兄貴と入れ替わりに少女が入ってくる。
「あ、お前、あの時の……!」
あの時、たまたま通りかかった少女だ。クラスメイトで名前は……
「藤原 桃香です。……昨日はありがとうございました」
「もしかして、君が救急車とか、呼んでくれたの……?」
「あ、はい…………あの、右目、ごめんなさい……」
「なんで謝るんだ?」
「そ、そのっだって、私のせいで……」
「……俺が勝手にやったことだし。君は怪我しなかった?」
「は、はい。おかげさまで。でも……」
「なら、よかった」
微笑みかけると藤原も笑った。うわー、俺、なんてキザなことを、と思うと、何か恥ずかしくなってきた。
「そ、それより、俺の方こそ、どけって言ったり、突飛ばしたり、乱暴に扱ってごめん……」
「いえ。それは、だって、私のため、だったんですよね……?」
「うん、まあ……」
それ以上の回答ができずに黙り込んでしまう。藤原も同じなのか、唇を固く引き結んでどぎまぎと視線をさまよわせている。
しばしの沈黙。それを、視線を俺へと定めた藤原が破る。
「わ、私、金田くんの右目になりますっ!!」
「は、はい?」
「見えなくなった右目の分、私が金田くんの手助けをします。させてください!!ええと、その……側にいさせてください!!」
俺は呆気にとられながら、その言葉の意味を咀嚼する。顔が熱くなるのを感じた。藤原自身に至っては耳まで赤い。
ふと兄貴が残していった言葉を思い返す。
「君の右目になりたいって子がいるから、ちゃんと話、聞いてあげなよ」
話を聞いてやれ、か……。思い返して少し冷静さを取り戻す。そして笑ってこう返した。
「じゃあまずは友だちから……よろしくな」
「あ、はい!ありがとうございます。……まずはっていうことは……」
「い、言うな!……よろしく」
そっぽ向いて二度目のよろしくと共に手を差し出す。藤原の手が温かくそれを包んだ。
……ところで。
俺は何か重大なことを忘れている気がするのだが……
まあ、いいか。
金田 優をあんな目に遭わせた羽黒と白樺は教師に代わってグリーンソルジャーがおしおきをし、彼らはそれから数日、そのおしおきの夢にうなされるのだが、それはまた別のお話。
THE END