プロローグ
今ある「都市伝説」は誰かが片付けた後の残り。
たとえば通り魔、とかも誰かが片付けているから「都市伝説」として処理されている。
でなければ今でも人が殺され続けているだろう。
だからこそ、これを「都市伝説」にできる人たちがいるのである。
[0]
世にはびこる「都市伝説」。
それはつまらない現実に飽きた人間が少しでも世の中が面白くなるように、と考えて作られたお話だ。
しかし、その中には本当に存在するものもある。だが、そのほとんどが人間に害のあるものばかりだ。
だからその「都市伝説」は排除しなくてはならない。
◇
「あ〜、だる」
銭湯の扇風機の前。入場料を払ったわけでもないのに堂々と中に入り扇風機の前を陣取っていた。
「どうして夏ってこんなに暑いんだろうな」
あ〜、と扇風機に向かって声を掛ける。羽によって声が切れ、面白い声になっている。彼の存在は銭湯に来ている人の視線を集めていた。
風呂にも入らない人間が銭湯に来ている時点でカウンターのおばちゃんの視線を奪っていたが、幼稚園児みたいなことをしているのので目立たないわけがない。
しかし、少年はそんな視線なんて気にもしなかった。
少年は扇風機に向かって声をかけながら目の前にある窓から外を見ていた。少年は何気なく見ていただけだった。なのに突然少年の顔つきが変わった。
なぜなら少年が見ている窓から女子高生をナンパなのか脅しているのかわからないが、そんな光景が見えた。確実なのは女子高生がおびえている、ということだった。確実に女子高生は嫌がり、怖がっている。演技ではない。
少年の腰が上がった。その姿を銭湯のロビーにいた人が見ていた。
そして少年は出口に歩いていき、銭湯を出た。銭湯をでて左側、道路を挟んで少し細い道のところ、そこを睨む。
そして少年が右手で指を弾く。
――パチン。
と次の瞬間、少年の姿はなくなっていた。少年の姿は道路を渡ったその先、女子高生がいるところにいた。だが彼らは少年がそこにいることに気がついていない。それもそのはず、音もなくそこにいたのだから。
「ねえ、嫌がってるよ」
ニコッと笑いながら、と言うより悪魔のように笑いながら少年は言った。
「ああ? 何だてめえ。ぶっころされてぇのか? ああ?」
いかつい男が三人、三人全員筋骨隆々と言うわけではないが筋肉量が多いことは見るだけでわかる。普通の人間ならこんな人間に積極的には声をかけないだろう。殴られれば軽い怪我ではすまないだろう。一方、少年はひょろいというわけではないが彼らに比べると格段にフィジカルが劣っていることがわかる。
「嫌だな、物騒な」
あわてる様子もなく、怖がる様子もなく、道化師のように少年は言った。
「むさ苦しい男三人でか弱い女の子を囲むなんて、いけないな〜」
ピキッと男の一人のスキンヘッドの上に血管が浮かび上がる。怒っているようだ。
「……てめぇ、舐めてるだろ……」
腕にも力が入っていくのがわかる。それを見て少年はまた悪魔のように笑う。
「誰が舐めるかよ。汚え」
ブチン、とスキンの男の何かが切れる。
「黙れや! そして死ねやゴラァ!」
大きく振りかぶり拳を少年に叩き込もうとする。しかし、少年はまったく動こうとしない。動かなければただではすまないことは誰が見てもわかることだ。
でも、少年は動こうとしなかった。いや、動いても動かなくてもどちらでも変わりはない。
なぜなら、
――パチン。
「うげぇ!」
少年が指を弾いた瞬間、男は残りの二人のところに飛んでいった。
男は気絶していた。
「フッ」
と少年は三人を見下した。
男二人は恐怖し、気絶した男を抱えてどこかへ去って行った。
「あ、ありがとうございます」
と、男が逃げていく姿を見ていた少年に助けられた女子高生が頭を下げた。
「へ? ああ、別にいいよ」
「いや、でも、本当に助かりました。ありがとうございます」
再び頭を下げる女子高生にどうしようかと困る少年。
――あっ。
となにやら思いついたような顔をする少年。その顔は女子高生にはわからなかった。頭を下げていたからだ。
「だったらさ、」
と女子高生に一歩近づいて壁に手を当てる。そうすると自然と女子高生は壁に背中を預ける体勢になる。もちろん、動揺を隠せない女子高生。なぜだか顔まで赤くなっている。
「お礼、と言うものなんだが、君の体をぼくに――」
少年がけしからんことを言いきる前に誰かに後頭部を丸めたノートで殴られる。
「おい、何をしている」
現れたのは女性だった。年齢は少年と同じくらいだろうか、顔が整っていて美しい、と評価できる美貌の持ち主だった。
「何してるって人助けだよ、ユイ」
後頭部をさすりながら女性、ユイに体を向ける少年。
「人助けがどうして女性の体を求めようとするのだ?」
ユイの目が笑っていないことに気付き、冷や汗を流す少年。
「いや、そのですね、ちょっと、ね?」
バチン! とまたもや丸めたノートで少年を殴る。少年は数メートル飛ばされてピクピクと痙攣している。
女子高生は一どういう状況なのか飲み込めず同様を隠せないでいる。
「あ、ごめんね。別に彼も悪気があっていったわけじゃないから。それじゃ、気をつけてね」
と、ユイは言うと痙攣して動けないでいる少年の襟首を掴んで路地裏に姿を消す。
女子高生は彼らの姿が見えるまで身動きが取れなかった。