壊れた人々(4)
今回はのっけから残酷描写です。そもそもR-15でどこまでやっていいのか曖昧な状態で書いているので、範疇を飛び越えてしまって不快になるかもしれません。一応R-15タグのガイドラインには沿っていると思うのですが、注意。
「あ、う、う……」
ベッドの上で四肢を拘束された、幼い少年。少年は、口腔からゴボッ、ゴボッ、と血を吐き零しながら、今にも消え去ってしまいそうな呻き声を上げる。
その様子を、同じベッドの上で見つめる、一人の青年。
鳥丸工業の御曹司、鳥丸影久。そこらの男性アイドルでも裸足で逃げ出しそうな甘い顔付きを、度の越した喜悦で醜悪に歪めている。右手に持ったメスで少年の身体を少しずつ"分解"していく事に、最上級の興奮を覚えているのだ。
既にベッドの上は酷い状況になっていた。白いシーツに、少年の身体を中心に鮮血が広がっている。その出所は、少年の身体に刻まれた切傷。大小様々なものがあり、腹に一直線に入ったものなど、深く傷が入りすぎて開腹してしまっていた。場所によっては内臓を傷つけているであろう。
影久の左手は、その傷に沿って指を走らせるように動いている。時折気まぐれのように"挿入"すると、少年が呻き声と共にビクンッと痙攣する。
既に少年は過度の痛みにと出血によってショック死寸前であった。大量に分泌された脳内麻薬によって既に痛みは感じておらず、防衛のために痛みが快楽に変換されているようなレベルだ。
「ふふっ、そろそろ輸血が必要かな?」
影久は、ベッドの傍に置かれているワゴンから輸血用の器具を取り出し、針を腕に突き刺した。
ワゴンの上には、少年を痛めつけるための器具が大量に置かれている。メスや鋏等の刃物、大小様々な針やピアス、何かしらの薬剤の入った注射器、更には少年の小さな身体に使用するのには不適切なサイズの"玩具"等々。悪趣味、の権化である。
「じゃ、ついでに"気持ちよくなる薬"も入れよっか」
まるで大人が赤ん坊に話しかけるような、猫なで声の入った口調で、注射器を取った。電灯に反射して煌く針先を少年は絶望の色を瞳に宿して見つめる事しか出来ない。
「……死んだか」
影久は、一気に気分が冷めるのを感じた。まるで男性が"放出"した後に訪れる酷く冷静になる瞬間のような。
二時間ほどかけて身体を切りつけられ、穴だらけにされ、最終的に訪れた失血死という少年の"一時的な"安楽。
少年は死ねない死体、通称"虚像人"と呼ばれる存在。死亡後、不老不死となって生き返る存在。その存在の稀有さから一般的には都市伝説扱いされているが、実はこうして金持ちの玩具として囲い込まれているケースが大半である。
影久もそんな好事家の一人で、かなり悪質な部類に入る。虚像人を残虐に少しずつ死ぬまで傷付け、虚像人特有の異常な治癒力によって綺麗になって生き返ったら、また虐待して殺す。そんな無意味すぎる行為に、性的な興奮を抱いてしまうのである。
膝まで下着と一緒に下ろしていたズボンを引き上げながら、ベッドを下りる。
「じゃ、生き返るまでにピアス抜いといてくれ」
と、現場の残虐さに青い顔をしている専属の医療スタッフにそう告げ、防音のために地下に設けられたこの"遊戯室"から出る。
ドアの外で、初老の執事、大西弘がタオル片手に出迎えた。
それを立ち止まりもせずに受け取り、顔に付着した少年の血液を拭う。
「美羽は、見つかったのか」
菅原美羽。影久が特に"可愛がっている"虚像人のうちの一人。半年ほど前に、同じ虚像人フェチの金持ちと、飽きた虚像人を交換して手に入れた虚像人。その顔付きの良さ、悲鳴の心地よさ、適度に成長して赤子の虚像人に比べて頑丈な身体、何度愛しても反発してくる気骨さ。そんな要素が重なって、現在影久の一番のお気に入りであった。
そんな美羽が逃げ出したのが、昨日の話。美羽に宛がっている部屋の鍵を掛け忘れるというケアレスミスと、丁度警備が交代するために手薄になっていたことが重なった、と大西は影久に説明していた。
「申し訳ありません、予想以上に難航しております。街の不良達の話では、二十五歳前後の男が匿っているという話でありましたが、なにぶんその男の正体も掴めないままでして……」
「そうか。苦労を掛ける」
本来ならば、不手際を責めてもおかしくは無い。そもそも脱走される時点で論外であるし、三次大戦時よりこの街の支配者として君臨して以来、住民のデータも全て掌握しているはずなのだから、分からないはずが無い。
しかし影久自身、大西の執事としての有能さは分かっている。少しくらい手こずったところで最終的には美羽を発見するという確証があった。更には、影久自身が幼い頃から面倒を見てもらっている恩義から、簡単に処罰したりもしない。
虚像人のコレクションが一時的に減った事に不満はあるが、全ていなくなった訳ではない。こうして、手持ちの虚像人を"愛でて"自分の性的嗜好を満足させる事は出来る。
「いえいえ。ただその男、相当の猛者です。話によると、拳銃を持った不良四人を素手で軽々撃退したそうで。美羽様の捕縛を命じた不良のグループはその男の桁外れの強さに全員が萎縮してしまったようで、全く使い物にならなくなりました」
大西の言葉に、影久は気だるげな表情に少しだけ愉悦を篭らせた。
「場合によってはこちらの警備部隊を動員……」
「私が出る。お前は美羽の居場所の特定を急げ」
「……承知しました」
と、大西は驚きもせずに、あたかもそれを予想していたかのように穏やかな表情のまま返した。
「そういえば、父はまだ私とあの不細工との見合いを諦めていないのか?」
浴室に向かって長い廊下を歩きながら、話題を急変させる。
「先ほども電話で、そろそろ"お人形遊び"は辞めて世継ぎの事を真剣に考えてもらわねば困る、と申されておりました。通例どおり、お断りさせていただきましたが……」
小さな町工場から始まった鳥丸工業も、今やかなりの規模の企業である。その長男の結婚相手に、俗な女性は似合わない、というのが鳥丸工業社長の言い分である。こうして"いいところのご令嬢"との見合いを持ちかけてくるのだ。
影久は不細工、と評しているが、勿論影久は写真だとか、どこの令嬢だとか、見てはいないし聞いてもいない。影久は残念ながら、女性にまるで興味が無かった。結婚など、人生の選択肢にこれっぽっちも存在していないのだ。
「戯言を。私の精子が欲しいならばいくらでもくれてやると言っているだろう。冷凍して送りつけてやれ」
世間体や通説を重んじるのは、日本の企業においてはどこも同じである。影久はそんなものに縛られる気は全く無い。むしろ反骨精神丸出しである。
「では、今後も旦那様より同様の連絡があれば、お断りするという事で」
「無論だ」
言って、影久は浴室へと消えた。
それを見送る大西の表情に、一瞬だけ、笑顔が宿った。