死ねない幼女(4)
隼人がシャワーだけの烏の行水から出てみると、美羽は先ほど一緒に夕食を食べたテーブルに顎を載せて、つまらなさそうな表情でテレビを見ていた。
どこのテレビ局も検閲だらけで、綺麗事しか言わず、更にはニュースで平然と作り話や都合の悪い事を良いように解釈して喋るようになって久しい。隼人も、一応の文化人として最低限の生活のためにテレビを設置しているが、余程暇なときでないと見ることは無い。
「幻滅して出て行くんじゃないかと思ったんだが」
タオルで髪を拭きつつ冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、何気なしに呟く。
美羽が、こんな変な人とは一緒にはいられない、と出て行く可能性は十分にあったわけだが、彼女はここにいる。
「それも考えたけど、なんか後味悪いし、今出て行くのは危ないし寝るところ探すのめんどくさいよ」
一度は助けられたものの、追われている身であるのは変わり無い。隠れている場所から出て行くリスクと頭のおかしい家主と一緒にいるストレスを天秤にかけると、どう考えても隠れていた方が良いに決まっている。
「よく考えたら私、お礼できることなんて何も無いし……。どうせ元に戻るんだから、犯せばいいと思うよ、私のこと。ここを宿にする家賃にしてよ」
「いらねーよ家賃なんて」
「え? でもさっき……やろうぜって……」
「冗談に決まってんだろうが。鳥丸影久とかいうどこの馬の骨か分からん変態と一緒にするな。イエスロリータ! ノータッチ!」
「いや、ロリータじゃ……」
美羽の非難を聞いているのかいないのか、隼人はテーブルに片手を着いて立ったままグラスを傾け、麦茶を一気に飲み干した。
「ぶはー。……同居人が増えたところでたかが知れてるんだよ。一人分の飯作るのって意外と面倒なんだ。人数が多いほうが大雑把に出来て良い。というわけでずっといてくれても構わん。しかも今追い出してお前が変態野郎に捕まるほうが胸糞悪い」
「ご、ごめん。なんか、お世話になりっぱなしになりそう……」
「いいよ別に。俺の気まぐれで助けただけだし」
そう言って、隼人はグラスをテーブルに置いて寝室のほうへと向かう。
「俺、明日五時起きだからもう寝るわ。お前は好きな時間に寝て好きな時間に起きればいい」
朝六時に出勤し、夜九時に退勤する。拘束時間は長いが、それ相応の給料を貰っている故に文句は言えない。今時こうして全うな職に就けること自体感謝するべきなのだ。
「明日も帰りは十時くらいになる。冷蔵庫に二日分くらいは食料入ってるから、飯は適当にやっつけてくれ。朝飯くらいなら作って置いとく。昼はさっき多めにご飯炊いておいたから使え。以上。お休み」
そう言い残して、寝室へ引っ込む隼人を見届けた美羽は、少しバツの悪げに視線を落とした。やはり、何もこちらからお礼が出来ないのは、不服だった。
鳥丸影久の下から、本当に何も持たずに逃げ出してきた身なので、何も渡せないし、家事も残念ながら出来ない。しかしいまさら、やっぱり出て行く、なんて言うのも好意を投げ捨てるようで嫌だった。
「出世払いにしよう。そうしよう」
と、無理やり自分に言い聞かせ、隼人からの好意に全力で甘える事にする。
ならば、まずはあまり生活に負担を掛けるわけには行かない。電気代も無駄だし、美羽も寝る事にする。
テレビを切り、電気を消して隣の寝室に移動。
「……えっ」
隼人は薄いバスタオル一枚で冷たいコンクリートの床に寝転がっていた。その姿を見て、美羽は無性に泣きたくなった。この人は一体どこまで自分に奉仕すれば気が済むのか、と。
「ちょ、ちょっと神無月さん、そこまでしなくても……」
「いいからベッド使えよ。ちゃんと屋根があるところで寝れるだけで俺には天国なんだよ」
「どんな壮絶な人生送ってきたんですか」
「軍属だったからな。察しろ。あと、他人行儀なの嫌だから、おにいちゃんって呼ばないなら下の名前で呼んでくれ」
「あ、はい……隼人、さん……」
そういえば、自分のことは喋ったのに隼人の事は何も知らない。無性に気になったが、話しかけて寝る邪魔をするのも悪い。素直にベッドの中に潜り込むことにした。