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死ねない幼女(3)

「……おはようっ!」

 戦場で培った鋭敏な感覚が幼女の動きを捉えた隼人は、鍋に向かっていた顔をグリンッ、と回し、首だけで後ろを向いた。その表情は、今隼人が浮かべる事が出来る精一杯の笑顔。それは幼女にとってはホラーといって差し支えない。

「うひゃあっ!?」

 幼女がこちらを観察するために少しだけ開いたドアがバタンッと大きな音を立てて閉じた。

「……冗談だ。晩御飯にするから出て来い。着替えはベッドの上に投げといた。俺の服だから大きいが我慢してくれ」

 真顔に戻り、鍋に向き直った。小麦粉が塗されたホヤが油の中で踊っている。

「あ、あのっ……」

「何だ」

 再び開いたドアの隙間からの、幼女の呼びかけに、隼人はぶっきらぼうに答える。

「こ、ここはどこですか」

「俺の家」

「え、えと、あの怖い人たちは」

「ボコボコにしといた。俺はお前の正体は知らないがとりあえず保護した善良な市民だ。危害を加える気は毛頭ないから、服着て出てこいよ」

「は、はいっ!」

 再びバタンッ、とドアが閉まり、幼女が隣の部屋で動き回る気配を感じながら、揚がったホヤを一つ口に入れた。

「うわなにこれくそまずい」

 しかし、作ったものはしょうがない。次々に鍋から皿へとホヤを移動させていく。

 そして夕食の準備を完了したところで、幼女が隣の部屋からオズオズと挙動不審気味な様子で出てきた。幼女が身に包む、隼人の部屋着。ハーフパンツが長ズボンになっていたり、Tシャツが今にも首のところからすっぽ抜けそうな様子とか、ロリコンの隼人にとっては素晴らしいの一言に尽きる姿だ。

「悪いな。お前が着てたドレスはとりあえず洗濯機にぶち込めるような素材じゃねーと思ったから明日クリーニングにでも出そう」

「い、いえ、お気になさらず。え、えっと……」

「まあまあ、話は飯でも食いながらしようじゃないか幼女よ。ここに座れ」

 と、隼人はホヤのから揚げをテーブルに置いて、幼女をテーブルに誘導した。

 幼女はその誘導に従うまま、遠慮がちに椅子に座った。

 既にテーブルの上には白米と味噌汁、麦茶が入ったコップが並べられている。隼人も幼女の対面に座り、自分の箸を取った。

「じゃ、頂きます!」

「え、えと……いた、だきます」

 とりあえずみそ汁をすすってみた幼女の表情が、戸惑いから歓喜に変わるのを見て、隼人は無表情のまま、しかしどこか満足げにうんうんと頷いた。

「じゃあ、話でもしようか、幼女よ。そうそう、このから揚げくそまずいから食ってみろ幼女。びっくりするぞ」

 結局、ネットを漁って現在の食料ストックと相談した結果、簡単にから揚げにするしかなかったホヤを口に入れ、再び顔をしかめて愚痴をこぼした。ホヤは特に鮮度が大事と書いてあったが、どうやらレストランに入荷された時点で鮮度が落ちていたようである。もしくは完全に舌に合わない。鉄のような、おおよそ食べ物の味ではない味が口腔内を凌辱する。

「すっ、菅原美羽です! あと、よ、幼女っていう年齢じゃないです!」

「……うむ。俺は神無月隼人。神無月でも隼人でもおにいちゃんでもご主人様でもにーにーでも、どうとでも呼ぶが良い。まあ、オーソドックスにおにいちゃんが一番いいか」

「なっ……!?」

 その隼人の傍若無人さに幼女こと美羽は顔を真っ赤にして絶句した。少なくとも好意的ではない反応に、しかし隼人は全く動じない。

「冗談だ、菅原美羽。じゃあ、何故追われていた? 手癖の悪い事でもしたのか?」

 ストリートチルドレン問題は、現在の日本においても深刻化している。三度目の世界大戦、その後の国内紛争で焼け出され、身寄りを失った子供たちがホームレスとなり、スリや強盗と言った犯罪行為に手を染めているのだ。あのシチュエーションならば、美羽があのチンピラに対して盗みを働いたと判断されてもおかしくない。

「ちっ、ちがい、ます……」

「おっと。丁寧語はやめよう。丁寧語使われるほど俺も立派な人間じゃない。だけどいただきますとごちそうさまはちゃんと言うように。食材に対しては敬意を払え」

 と、更にホヤの唐揚げを口に放り込む。いくら不味いと言っても食べ物だ。しかも自分が作ったものだ。食べなければ、説得力が無いというものだ。

「……わ、わか、った」

 幼女はたじろぎながらも素直に隼人と対等の口調となり、続けた。

「と、鳥丸に追われている、んだ。さっきのやつらは、鳥丸に雇われたんだと思う」

「鳥丸? なんだか愉快な名前だな? いや、どこかで聞いたことあるな……」

「この街の支配者だよぉ……鳥丸工業」

 そう言えば街外れにある大きな工場がそんな名前だったな、と隼人は思考を巡らせた。

 九年前に発生した第三次世界大戦。米軍を中心とした国連軍の橋頭保となった日本は戦争特需に突入。工業系の企業を肥大化させた。その結果、強大な力を持った企業が、工場のある街の自治体に口を出すようになり、実質的な地方自治の支配者となっているケースが多々発生している。鳥丸工業もそんな戦争成金企業の一つで、この街を牛耳っているはずだ。

「ああ、なるほど。興味が無いから忘れていたよ。で? 何でお前は狙われたんだ? 工場に対してテロリズムを画策したのか?」

「鳥丸影久、って、知ってる?」

「知らんな。きっと番犬の名前だろう」

「……鳥丸工業の御曹司だよ。ニュースとかでもたまに出てるはずなんだけど」

 もう突っ込むのはやめよう。そんな表情で、美羽はあきらめのため息交じりに言った。

「で、鳥丸影久のところから逃げてきたの。あの人、虚像人フェチで、私が虚像人だからって……」

「え? 何?」

 と、隼人はからかうように手を耳に当てた。その表情が完全に無表情なのが余計に腹ただしい。

「……虚像人、って知ってる? 傷つけても、殺しても、蘇ってくる、不老不死のゾンビみたいな存在なんだけど」

「そんな漫画の世界の存在は認知せんぞ」

「アナタが認知するしないはどうでもいいけどさ。私が今年で十八歳になるって事実だけは受け止めてね」

「ロリババァ……だと?」

 ゴトッ、と、白米が山盛りにされた茶碗を絶望の声とともに取り落とす。しかしその絶望の内容はどこかズレているというものだ。

「誰がババァか……。もー、調子狂うなあ……」

 そろそろ美羽が怒りそうな気配を察した隼人は、椅子に一度座り直して茶碗を拾い上げ、テーブルに毀れた白米を一粒一粒器用に箸で口に運んでゆく。

「冗談だ。……死亡後に突然復活して不老不死、それどころか怪我の回復速度も異常に早くなる、病気の"死体"だろ。発症例は少ないらしいからな。俺も見るのは初めてだよ」

 と、その隼人の的を得た冷静な説明口調に美羽は目を剥くが、隼人は丸で気にせずに味噌汁を啜った。あまりにもあっさりと認められるのは、それでそれで美羽にとっては予想外のことだったりするのだろう。

「し、信じてくれるの?」

「信じるも何も、張本人のお前が言うんだからそうなんだろ。俺にはそれを確かめる術も無いんでな。たとえそれがお前の狂言であっても、俺に被害がこうむるような話ではないしな。信じたほうが話は円滑に進む」

 ついでを言うと、先ほど隼人が抱いた疑問、美羽に怪我がまるで無かったことに対する答えが自ずと分かる。信憑性は大だ。

「じゃあ、えっと」

「そういえば普通なおらねー場所の怪我も治るから、死ぬ前にやって無かったら毎回"はじめて"なんだってな。ちょっと後でやろうぜ。さきっちょだけでいいから」

「死んじゃえ」

 しかし、隼人が言ったことは、残念ながら割と的を得ている。老いずに幼い外見を保ち続け、更に傷つけてもすぐに治る体を持つ虚像人は、その手の好事家達にとっては夢のような存在なのである。

「……死んじゃえ」

 何が隼人の正義なのか分からなくなった美羽は、冷やかに二度もそう告げ、ホヤのから揚げを口にした。二秒ほどの後、泣きそうな表情になりながら咀嚼する。

「……不味、い」

「だろう。食材に対する冒涜は許されざることであるが、食材の方から超音速で助走をつけて冒涜しにくるんだからたまったもんじゃないな。どんなに俺の料理の腕が良かろうがこればっかりは美味くなるビジョンが見当たらん。個人の嗜好に依存している部分が大きすぎる」

「うぅ……ガソリンの味がする……」

 ついには左手に持っていた箸もテーブルに置き、両手を膝の上に置いて俯いてしまう。よほど辛いらしい。可愛らしい顔が、眉間に寄った深い皺で台無しだ。

「吐き出してもいいんだぜ。俺の口の中に。それなら食材への冒涜にはならん」

「神無月さん、貴方一体何? 頭おかしいの? 一回頭開いて見てもらった方がいいんじゃない?」

「幼女の口移し咀嚼物だぞ!? どんな高級食材よりもある意味手に入りにくい一品だろ!! お前はもう少し幼女という自分の価値を大事にするべきだ!!」

「逆切れ!? この人逆切れしたよ!? 何で私が怒られないといけないの!? 私何か悪いコトした!?」

 隼人の居直り強盗振りについにキレた美羽が、テーブルに掌を叩きつけ、目の前の椀が一センチほど浮き上がる。むしろ、怒鳴る程度で済んでいる時点で美羽の根気の良さが窺えるレベルで隼人は傍若無人なのであるが。

「していない!」

「えっ!? あ、はぁ……?」

 しかし、天井を突き破る勢いで大爆発した美羽の怒りをぶつけるべき場所を隼人が全力で取り外したことで、美羽は不完全燃焼のような表情で唖然としたまま、五秒ほどフリーズした。

「冗談だ。悪かった。ごめん」

 と、今度は真摯な態度に豹変した隼人が、机に両手をついて土下座のような形で頭を下げた。

「……あなた、本当に何なんですか。よく、分かりません」

 頭の沸騰が冷めかけている美羽が、ワナワナ震える唇で搾り出すと、隼人は自嘲するような笑みを浮かべた。

「俺にも分からんよ。本当の俺はもうずっと前にぶっ壊れちまったからな」

 美羽の問いに、大層な演説をするように諸手を広げながらそう言い、食事を再開する。

「え……」

「なんでもない。……そのから揚げは俺が処理するから、適当に食ったら風呂入れよ。そこ」

 隼人ははぐらかすように言い、浴室のドアを箸の先で差した。

「便所と一緒になってるけど我慢してくれ。着替えは用意しとくよ。あと盗撮用カメラ」

「!?」

「冗談だ」

 隼人はしかし、先ほどまでと違って若干寂しげな表情でそう言う。文句を言おうとした美羽は、隼人のその表情のせいで何も言えない。

「そういえば鯖缶買ってたんだけど食べる? オカズが味噌汁しかないのも味気ないだろう。まあ俺のオカズはお前がいるだけでいいんだけど」

「……お、お気遣い無く」

 言って、美羽は味噌汁を啜った。

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