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いと愛しうこそ、ものぐるほしけれ。

作者: 茶月奏夜香

テーマは「恋愛モノ」「オレンジ色」です。

――あれは、二年前のことだ。

朝、まだ眠いのにかまけて、だらだらと学校の前の道を歩いていると、聞き慣れた声が後ろから近づいてきた。その声は、そのまま私の隣を通りすぎる。先輩が振り返って笑った。

「アイ~おはよー」

「アイ言うなっ! です!」

「相変わらずな反応速度だねぇ……全く、アイ……もとい、カナの名前はすごく綺麗なんだよ、コンプレックスに感じる必要はないんだってば」

呆れたように肩をすくめる先輩に合わせるように、足を速めながら、私は抗議の意味を込めて小石を蹴った。先輩に当たるように仕向けたつもりだったのだが、小石はあらぬ方向へと飛んでいって、落ち葉の上にカサリと落ちた。

「だから、毎回それ言いますけどなんでなんですか! どこが綺麗なんですか! 愛のどこをどうしたらカナなんですか!」

「はいはい、高校生になったらそのうち分かるからちょっと落ち着こうか」

むぅ、と唸って少し考え、もう一度小石を蹴って、先輩の足に完全に当たったのを見届けてから黙りこくる。そのとき、冷たい木枯らしが服の中を通り抜けていった。くしゃみを二連発。鼻をすすってから、どこかで悪い噂をされているのかなと、苦笑した。当てがあるだけに侮れない。その様子を見て、私の『事情』のことを思い出したのか、先輩が聞いてきた。

「今日もまた行くの?」

「はい、行きたいとは思わないので」

目的語を抜かした文章だと訳が分からないと思う。その証拠に、悪い噂をしている当てである、今背後で盗み聞きをしているであろう友人には意味が伝わっていないはずだ。そこまで考えてから、バッと後ろを振り返り、叫ぶ。

「はい、図星!」

「きゃぁあああバレたあああ」

友人は、単数ではない。まだ薄暗い空に、黄色くてバカでかい悲鳴が木霊する。

「バレるに決まってるでしょ、今の季節は特に落ち葉のカサカサいう音でバレるってのー」

「うわぁ、盲点だった!」

「やっぱ、あんぱん買ってこなきゃいけなかったんだって! 何事も形から!」

「いや、そもそもてめぇら足音隠す気皆無だろ」

「あはは、バレたぁ?」

私がそうやって友人とふざけだすと、先輩はふっとどこかへ消える。おそらく、難しい新書とにらめっこしながら大学へ向かったのだろう。それが毎朝の習慣と化していた。そして、先輩が消えるとこの友人たちのテンションがもっとあがるというのもお約束のようになってきた。沈んだ気持ちのときにそれをされると、悩んでいたことがどうでもよくなったり楽しくなったりとメリットは多々あるが、普通の心境な時にそれをされても、ただ耳が痛いだけだ。ただでさえ耳にささるような寒さなのに、それではひとたまりもない。ただ、もう彼女たちは何を言っても聞きやしないのでどうしようもないのだが。

「ねぇーカナー、あんたらいつになったらくっつくのー? ねぇー?」

「そーだよ、赤城(あかぎ)先輩さぁ、めっちゃカナのこと大好きじゃん、空気も読めるしさ」

「友達より俺優先しろよ、みたいな感じじゃないしさぁ」

「そうそう、あんなに“いい人”の典型いないってば!」

「はよくっつけー!」

「末永く爆発しろシアワセな奴めがぁっ」

「そうだよ、付き合ってないのに、しかも年齢差四つもあるのにそんなに仲いいってのがね、本当に……しかもカナ、ここ最近、齊藤(さいとう)とも仲いいじゃん? どんだけモテるのよ」

「早くしないと私、赤城先輩取っちゃうよ!」

「取れるのかよお前」

「無理ですごめんね!」

くちぐちにいろいろなことを言ってくるが、要約すれば全員異口同音に『赤城先輩とはよ付き合ってしまえ、そうしないともう私たちはどうにかしててめぇらを無理やりくっつける方向に動く』と言っているのだ。だからといって私の弁解を聞いてくれるのかと言えばそうでもなく、

「だからね、」

「でもさぁ、……っていうのもよくない!?」

「うわ、何そのシチュエーション萌えるっ」

……ずっとこんな調子だ。更に、私がいない間もこんな調子なんだろうなぁ、だなんて想像してはしんどくなる。


だったら教室に行きたくないなどと駄々をこねて非常階段に行くな、ということなのだが、それは無理な話だった。


 ところで、保健室登校という言葉があるのを知っているだろうか。あと、理科室登校とか図書館登校とかも聞いたことがある。私はそれらに似たような登校をしている。ここ――非常階段は、この季節になるといつもに増して居心地がよくなるのだ。何も障害物がない非常階段をすぅっと通り抜けていく風はあたたかくても冷たくても心地よく感じるものだ。だが、少し肌寒いぐらいが私にとっては丁度いい。ちなみに、この非常階段にいることは公認であるため、小テストなどがあるときは学級委員長さんが呼びに来てくれる。もちろん教室には帰らずに、非常階段でテストを受けるのだが。

 どうしてこんな面倒なことをしているのかというと、全ては私の名前のせいだ。最近流行っているのかはしらないが、私の名前はキラキラネームというやつだ。愛と書いてカナと読むだなんて、どんなおめでたい脳でも思いつかない。しかも、苗字は苗字で珍しく『(あい)()』であり、これは「I‘m」につながる。英語を習い始めた一年のころは、陰口が特にひどかった。

 小さいころは、自慢していた。珍しい名前でしょ、しかも私は英語も知ってるんだよ、と自己紹介をするといろんな人に覚えてもらえた。それが嬉しくて、どこへ行っても、いくらそれが通りでティッシュ配りをしている大学生相手でも、環状線でアメちゃんをくれるおばちゃん相手でも、自慢して回った。

 けれど、中学にあがって様子が変わった。入学式で、参列していた先輩たちが、私の名前が呼ばれた瞬間に笑い出したのだ。在校生には名簿などは配られておらず、耳で聞いただけだったらしいので、おそらくその爆笑のわけは苗字のほうだろう。その下賤な笑みは、入学したあともずっと私の心の傷となった。三年生になった今も、笑う奴はこっちを見て笑ってくる。あのときから、私は二度と名前を口にしなくなった。


チャイムが鳴った。今日の三時間目は、移動教室のために非常階段を使う学年があるので、私は早々に荷物をまとめて端に移動した。邪魔だと文句をつけられたら教室に戻らざるを得なくなってしまうかもしれないからだった。それだけは絶対嫌だった。


「ねぇーカナー」

「ん? ああ、ミオか。どうした」

五時間目終わりのチャイムが鳴った瞬間、ミオがばたばたと踊り場にやってきた。

「レッスン7のパート4って予習やってる? 英語の訳、見せてくれない? 今日、私の出席番号の日付なのに忘れちゃってさ。全く、私が知らない単語出しすぎなのよこの教科書!」

「今日、ていうよりか毎日でしょ、バカ。まあいいよ、借りは地理で返してもらうからね」

「いいよ。でも、データブックなくしちゃうカナのほうがよっぽどバカじゃない? オレンジ色ですっごい存在感あるのに」

「うっせー! あんなちっちゃい教科書、リュックの中に埋もれちゃうんだってば!」

軽口を叩きながら、大好きなオレンジ色のペンで“ENGLISH”と書いてある百均のノートを差し出す。私は今授業でどの範囲をやってるかはあまり把握していないので、全ての単元の予習を予めやっているのだ。ミオはこれをあてにしているから、英語の赤点を抜け出せない。まさに自業自得。

「さんきゅ、助かる! じゃあこの時間終わったらまた返しにここへ来るから、そのときに一緒にデータブックも持ってくるね。今日一日借りてていいよ。だから六時間目終わってもいつもみたいに颯爽と消え去らずに、待っててくれると嬉しいんだけど」

「おっけ、待ってるね。ありがと」

じゃあね、と手をばたばた振り、忙しそうに踵を返して、コンクリートが打ちっぱなしで冷たい雰囲気を醸し出している階段を、すたすたと上り始める友人の背中をぼーっと眺めた。かつては非常階段娘である私のことをよく思っていなかった彼女だが、今では一番仲がよく、印象もいい。――無論、今朝のような囃し立てのとき以外なのだが――囃し立てる時はその高い統率力の無駄遣いをして、抜け目なく全力で私に絡んでくるので、印象がよいどころかむしろ不快なのだ。

 

 チャイムが鳴って、どたばたと教室に入っていく生徒の足音が聞こえなくなったのを確認してから、私は考え事に耽り始める。


 正直に言うと、赤城先輩のことは大好きだ。博識だし、面白いし、万能だし、四歳差とか関係ないし、勉強教えてくれるし、近所に住んでいるからいつでも会えるし、と理由はつけてみるけれど、やっぱり好きなもんは好きなのであり、理由はない。ちなみにこれをミオをはじめとした友人たちに言うと「あー聞いてるだけで恥ずかしいわ、なんか煽りたい、強い酒を煽りたい、未成年なのがもどかしい! とりあえずファンタでもいいから少しでも刺激のある飲料奢れ!」などと騒がれること間違い無しなので言わない。

 そもそも、もしミオたちが騒がなかったら、今頃は何かしら進展があったのかもしれないのだ。何故って、今は最小限の人としか話そうとしない私にも、一応頭が桃色で青春まっさかりな時代があったのだから。私の勇気を根こそぎ奪い取ったのは、紛れもなく彼女たちなのだ。そう思うと、やっぱり彼女たちのバカ騒ぎが不快だと感じてしまう。

「ったく、私含めてみんな、何やってんだかねぇ、ここ最近」

思わず、そう呟いてしまう。中二までは、私たちは所謂ただの“地味―ズ”だったのだ。私と、ミオと、残り二人、四人でずっと一緒にいて、結束を固めて学校生活を楽しんでいた。コミュ障で非リアな自分たちに、酔いしれていた。けれど、最近そうではなくなってきている。例としては、ミオが急にオシャレに目覚めたり、サヤが体育祭の応援団に志願したり、リカがスピーチ大会で優勝したり、誰も何も言わないけど四人とも二次専じゃなくなっていたり――生活のどこを見ても如実だ。

「みんな、だんだん変わってくんだよなぁ」

ドラマでよく聞くような、ありきたりすぎて歯が浮くようなセリフが、自然と口から出た。自分で発言したのに自分でびっくりして、授業中だからいないのは解っていても、周りに誰もいないか確認してしまう。もちろん誰もいるわけもなく、安心して一息つく。吐き出した息はもう白く、もう冬なんだなぁとしみじみ感じた。その割にあまり寒いと感じないのは、年がら年中暖房のない屋外で過ごしているからなのかもしれない。家でもせいぜい、湯たんぽくらいしか使わないので、寒さに対する抵抗はあるだろう。

 そこで集中力が途切れて考えることもなくなり、手持ち無沙汰になって腕時計を確認すると、六時間目はあと三分で終了するようだった。よく考えたら、今日はあまり勉強していない。考え事ばっかりだった。家に帰ったら勉強しなくちゃ、という真面目な気持ちを胸に抱きながら立ち上がる。

――勉強しなきゃ、とか、先輩がいなかったら考えることなんてなかっただろうなぁ。

ふと浮かんだことは、浮かばなかったことにして心にしまった。


ミオたちには口が裂けても言えないが、私は登下校が一日の一番の楽しみだ。理由は、言わずもがなである。赤城先輩は下校時間に合わせてサークルを抜け出してきてくれるので、大体一緒に帰っている。私を家まで送り届けたらまた大学に戻るそうだ。そこまでしてくれるというのが、素直に嬉しい。

「カナ、こっち!」

「あ、先輩!」

しかも今日は、地理を教えてくれるというのだ。地理は教科書を読むだけよりは専門的な知識を知ったほうが楽しいので、心が躍る。小走りで先輩の隣に並んで歩き始めると、おもむろに先輩が口を開いた。

「データブック持ってきた?」

ハッとする。口を押さえて、だいぶ遠ざかった校門を振り返った。

「あ」

「ミオちゃんに借りる予定だった? しょうがない、今日は僕のを進呈してしんぜよう」

「本当ですか! ありがとうございます」

先輩からデータブックを受け取り、丁寧に鞄にしまう。と、そこで、最近若者化したミオを思い出した。明日、放って帰ったことにキレられるのは明白だった。

「待ってください、ミオに謝罪のメール打つので」

「最近の子はみんなメールだねぇ。まあ僕もスマホ民だからあんまり偉そうに言えないけどさ」

「メールして、明日直に謝るんです。そうやって怒りを緩和させておかないと、あとあと面倒ですし。それに、私ほら、ガラケーですからまだましなほうですよ。機能もメールしか使ってないし」

「あ、知ってた? ガラケーってぱかぱかする携帯のことじゃなくて、日本製の携帯全部をさすんだよ。ガラパゴス携帯の略称。だからその携帯も、僕のも、ガラケー……のはず。ガラスマとも言うのかな、スマホだから」

「え、マジですか! 知らなかったです」

「カタカナ語事典便利だよ、これこないだ買ったんだけどね、辞書としても使えるし……」

どうやら今日は、地理ではなくカタカナの話題になりそうだ。それはそれで楽しいからいいのだが。というより、先輩が話すことならなんでもいい気がする。どこのラブコメの主人公だよ、と脳内でセルフツッコミをしてみる。

「そうそう、英語から日本語になっちゃったやつとかもあるよね、サービスとかさ」

「ああ、あとはカステラとか? なんか聞いたことがあります」

「あーそれはね、英語じゃないよ。なんだっけ? オランダかポルトガルか、その辺りだったと思うよ。また調べておくよ」

「ありがとうございます」

「そういえばもうすぐクリスマスだよね、プレゼントいる?」

「あ、欲しいです! どうせなら、今買いに行きませんか? 実は目をつけてたパワーストーン屋さんがあってですね」

「うわ、カナ相変わらず物頼むの上手だね。まあ、いいよ。どうせヒマだし」

それから、先輩はちょっと間をおいて付け足した。

「残り時間も短いことだし」

「ん? あ、はい」

若干最後のセリフが気にかかったが、よく考えると私が高校に行くことになったら、こんな生活もなくなるのだ。今は中学と大学が近いけれど、あいにくこの辺りに高校はない。

――そのときはそうだと思っていた、だなんて、またありきたりなセリフを独りごちてみた。もちろん現実はそうではなかったわけなのだが。


 それからすぐ、先輩はアメリカへ行った。私にはよくわからないが、日本ではできない飛び級制度がアメリカでは使えるらしく、それを使って、人より早く大学を卒業し、若くから教師になりたいらしい。地理を専修していたから地理の先生になるのだろう。先輩の野心は応援したいと心から思ったが、やはり先輩がいないというのは私にとって精神的に辛く、それからというもの何に対しても全く意欲がなくなった。受験も、受かったのは偏差値三十を切っているような、風聞的にあまりよろしくない、滑り止めの高校だけだった。私の手に残ったのは、今まで以下の価値しかない非常階段生活と、オレンジ色のデータブック、そして先輩にもらったオレンジ色の石がついたペンダントだけだった。


それから私はその高校で、楽しくもなんともない非常階段登校を意地で続けていたわけだが、先輩がアメリカに行ってから二年とちょっとがすぎた昨日、久しぶりに先輩から連絡が入ったのだ。二年前のあのときから変わらない私のガラケーの画面に、役目を果たし終えて地面に散った桜の花びらが、風で再び舞いあがってくるのを払いのけて、受信ボックス画面が昨日からほぼ表示させられっぱなしな液晶を見つめる。

「それにしても、久しぶりのメールが『授業に出ろ 必ず』だとは思わなかったな」

あまりにもそっけなさすぎる。私はいささか不満だった。さすがに『久しぶりぃー! 元気ぃ―?』みたいなハイテンションなメールは嫌だが、ここまでそっけないとそっちのほうがよかったという気までしてくる。

「んー、でも」

久しぶりにメールのアイコンがともった『先輩』の受信フォルダを穴が開くほど眺めて、久しぶりに聞いた先輩からの着信音を脳内再生して、決心した。


――先輩に頼まれたのだし、小学生以来の授業に出てみるか。



予想通りの反応だった。最初危惧していた、自分の席がわからない、ということに関しては、まだ四月の出席番号順から席替えをしていなかったらしく問題なかった。しかし、その次に心配していた、教室が急に静かになり、少し間があってひそひそと話す声が聞こえる、というのは如実に感じられた。担任でさえも、私の名前を呼ぶとき声が震えていた。おそらくいつもなら逃げ出したくなっているのだろうが、先輩のメールを頭に浮かべていると、安心できた。

「はい、じゃあ朝礼終わります」

担任は、ビブラートのかかった声でそう言って、チャイムと同時に教室を出て行った。それと入れ違いで、一時間目の担当教師が入ってくる。

「あいー、じゃあ授業始めていくよー、座ってー」

誰かに呼ばれたような気がした。しかも、本名じゃないほうで呼ばれた気がした。はっと顔をあげ、そこに立っている人物を確認する。

「あれっ、先輩……?」

間違いない、先輩が、そこにいた。しかし、なぜかスーツを着て教卓に立っていた。目が合うと、わざとらしく目をそらして、出席簿のほうを向いてしまった。

――え、嘘でしょ。

だって、仮に先輩が教師になる夢を叶えていたとして、今日の一時間目は古典のはずだ。周りを確認しても、古典のオレンジ色の教科書を持った人が続々と着席し始めている。

「なんで地理じゃないの?」

口パクで聞くが、先輩は気づいた様子もない。私は焦った。もう一度周りを見たが、やっぱりみんなが開いているのは、紛れもなく古典の教科書だった。疑問が解けないまま、授業が始まる。

「えっとねー、じゃあ前の続きって言いたいんだけど、ちょっと今日は、重要語句の説明から行くね。まずは僕の一番好きな形容詞から。これはね、僕が三歳のときに父から教わったんだ。父も古典教師なんだよね。僕が相当かわいかったらしく、キザに古語でそれを示してきたんだよね、しかも三歳のほとんど何も分かってない僕に。おかげで当時の僕も調子に乗って、近所の女の子にその影響が及んじゃったんだ……ってのはまあさておき、これは高一で教えたって、某古典の先生が言ってたよ、だからみんな分かるよね」

そう言って先輩が黒板に書いたのは、『愛し』の二文字だった。鼓動が跳ねるのが、自分でもわかった。オチがだんだん見えてくる。

「これはね、『あいし』とは読まないんだよ。なんて読むか覚えてる人いる?」

きょろきょろと辺りを見回し、先輩が当てたのは、間違えようもない、ミオだった。同じ高校に行っていたことも今まで全然知らなかった。髪を染めていて、雰囲気も変わっている。

「かなし、です。切ないほど愛しいって意味、ですよね」

「正解。あい、じゃなくてかな、な。じゃあ重要語句は以上、じゃあ前回の続きね」

チョークの箱を開けて白と赤を一本ずつ取り出し、ぱっと顔をあげた先輩と思いっきり目があった。動揺を隠すべく正面を向いたら、前の席の子が机に置いていたハンドミラーに、リンゴのように顔を紅くした自分の姿が映っていた。


私は逃げ出したくなって、思わず教室を飛び出していた。

いつの間にか家についていた。慣れというものは怖い。自然と足が動いていたのだ。学校に帰らなければ、と時計を確認すると、もう古典の時間は終わりかけだった。どうせ非常階段に行くだけなのに学校まで戻るまでもないと思ったので、合鍵を使って家に入る。

そしてすぐ、普段は近寄りもしない、二階の奥にある母の仕事部屋へノックもせず入った。目を丸くする母に事情を説明するのさえ億劫で、私は単刀直入に訊いた。

「あのさ、私の名前って赤城先輩がつけたの?」

階段を上るだけでいつもに増して息が上がり、肩で呼吸をしながらそう聞くと、母は、応えた。母が、私の名前がらみのことで質問に答えるのは初めてだったから、自分で聞いておきながら少し面食らった。

「あれ? そうなの? 赤城さん家の旦那さんが考えたと思ってた。でも、そうかもね。旦那さん、英才教育を施すとか言って、小さいときから赤城くんにはしょっちゅう古典教えていたみたいだし。そうなんじゃない?」

ふと、頭に先輩のセリフが過ぎった。

――全く、アイ……もとい、カナの名前はすごく綺麗なんだよ、コンプレックスに感じる必要はないんだってば。

胸に、何か熱いものがこみあげてくる。やがてそれは目頭をも熱くした。

「分かった、ありがとう」

それだけ母に伝え、部屋に戻った。


携帯を開くと充電が切れたらしく画面が真っ黒で、そこに映る自分の顔は見ていられないほどぐしゃぐしゃだった。とりあえず携帯を充電器につなぎ、洗面所で顔を洗った。お気に入りのオレンジ色のタオルで顔をふいて、目薬をさし――たのはいいが、かなり沁みたので、痛みのあまり目をしばたたかせながら部屋に戻ると、携帯がちかちかと光っていた。最初は自分の目がおかしいと思ったのだが、待ち受けのアイコンを確認すると着信を知らせるものが点灯していた。急ぎの用事だと困るので、慌てて受信ボックスを開くと、『先輩』のフォルダにアイコンがついている。このフォルダに着信する相手はたった一人しかいない。逸る鼓動と震える足を懸命に宥めながら、メールを開く。

『驚かせてごめんね。ずっと黙っててごめん。カナには僕自身が、名前の秘密を教えてあげたかったんだ。だから、カナが学生のうちに間に合うようにしたくて、その代償として二年間アメリカに行ってたんだよ。今日は授業に出てくれてありがとう。カナ、大好きだよ』

私はその場にへたり込んだ。さっきのような涙ではなく、今度は雫が静かに頬を伝った。

「……先輩、私も好きです」

ずっと大事にしまってあった、大好きなオレンジ色のデータブックを、私は静かに抱きしめた。



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まず言っておくけど、タイトルの意味は「切ないほど愛しいと思ってしまうのが我ながらどうかしているという感じがするものだ」のつもりです☆ 文法などなど間違ってたらすいません。枕草子と徒然草を足して二で割ってそれを一旦端っこに置いておいてそれはそうと変な解釈をつけたったぜな感じです。古典をなめているわけではありませんので許してください。なんとなく、「いっやー今まで恋愛興味なかった私が、切ないほど愛しいだなんて感情を持つとは、我ながら妙だね!」みたいな感じだと思っといてください。所詮女子中生の黒歴史です。


で、この話に出てくる教育制度などは私に都合のいいふぃくしょんです。信じないでください。こんな制度、多分ありません。私はあまり詳しくないですけど……。しかも、かなり無理やりな超絶展開。本当に申し訳ない。


ちなみに、お得(個人差があります)な裏話なんですけど、「カナ」という名前は、古典の授業中に閃いたのです。大事なことなので二回言いますが、古典をなめてるわけではありません。


……大事なことなので三回言いますが、古典をなめているわけではありません。


【参考文献】

すっきりわかる! 超訳「カタカナ語」事典 造事務所 編著

データブック2012


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