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第62話 水城涼真の過去登山

11年前の9月・・・蓬莱峡


水城涼真は高校二年生で担任である大野先生の紹介で三島山岳会に入った。それから間もなくしてクライミングトレーニングということで兵庫県の蓬莱峡という関西屈指の岩登りスポットに連れられてきていた。


山岳会の会長「よーし、一旦お昼にして午後はさらに10本いってみよか」

*「さらに10本って・・・」

**「会長はホンマキツイわ」

水城涼真「大野先生、あと10本って、僕またビレイ役もするんですよね?」

大野先生「当たり前や。水城、もうすっかりロープワークにも慣れたやろうけど、完全に体に叩き込んどかんとあかんで」


水城涼真は何回も岩を登らされて、ビレイヤーもさせられていることにうんざりしていた。もはや午前中に10本以上はしていたのでうんざりしていた。ところが、大野先生が言ったようにロープワークをマスターするにはまだまだこなさないといけないということを後で知ることになる。なにせビレイヤーは人の命を預かってるわけなのだ。それから何度も岩登り、ビレイヤーを担当してロープワークは身についたといえる。



11年前の10月・・・北鎌尾根


10月の連休もまた三島山岳会での登山が予定されていた。今回の目的地は槍ヶ岳なのだが、北鎌尾根で登ると聞いていた。水城涼真は北鎌尾根についてあらかじめ調べていて登山地図も見ていたのだが、どうしてわざわざ遠回りして槍ヶ岳の山頂に登るのかよくわからなかった。山行決行日になり、水城涼真は大野先生の車に乗って沢渡のバス停まで移動した。そこからバスに乗って上高地に到着すると早速槍沢ロッヂに向かって歩いていった。この日はババ平でテントを設営して一夜を過ごした。次の日の午前3時半に出発して少し進んだところで右に折れて登っていった。しばらくすると水俣乗越という場所に辿り着き、少し休憩したところで一気に谷を下っていった。かなり下っていったところで谷の分岐があり、そこを左に折れて北鎌沢左俣という谷を突きあげるように登っていった。その谷もこの時の水城涼真にとっては少し難しいルートになっていたのだが、谷を詰めたところからさらに左に折れて北鎌尾根へと入った。そこからはもはや岩場のバリエーションルートといえるだろう。残地ロープは設置してあるものの、セルフビレイが必須になる岩場の連続だった。


水城涼真「大野先生、僕はまだ高二ですよ。こんな危険な場所に連れてくるってどういうことですか?」

大野先生「登山は何事も経験なんよ。ここは一般の登山道じゃないバリエーションルートやけど、水城もこういうところの登山は経験しておいたほうがええと思ってな」

水城涼真「こんなところ、一歩間違えたら命落とすやないですか。生徒をこんなところに連れてきてええんですか?」

大野先生「だから一筆書いてもらったんよ」


それから水城涼真は岩登りをした経験を思い出しながらなんとか北鎌尾根を制覇して槍ヶ岳に登頂した。



10年前の2月上旬・・・北岳


厳冬期といわれている2月上旬、三島山岳会では北岳に登ることになっていた。大阪から車で夜叉人峠の駐車場まで行くと時刻は14時をまわっていた。水城涼真が車から降りるともはや身体が凍えるほどの寒さであった。これまでも年末に八ヶ岳の赤岳などを雪山登山をしてきたが、水城涼真にとってはじめて南アルプスで標高3000mを超える雪山登山となる。山岳会の一人が「今日は広河原まで歩いてテント泊をしよか」と言った。みんなそこから道路歩きをはじめていった(現在は徒歩でも原則禁止)。開山シーズンはバスが走っているのに水城涼真はわざわざアプローチまで道路歩きをする理由がわからなかった。


大野先生「水城、道路を歩いている意味がわからんって顔しとるけど、これも経験なんよ」

水城涼真「厳冬期にわざわざ北岳に登る意味がわかりませんし、めちゃくちゃ寒いです」

大野先生「人がいない雪山の雰囲気を体感するといえばええんかな。とにかくせっかく来たんだからそれなりに楽しめばいい」

水城涼真「普通の登山者はこんなことしないですよね。こんな登山に何の意味があるんでしょう?」

大野先生「それが非日常を体験するという意味だ。水城もそのうち意味がわかってくる」


それから広河原でテント泊をした次の日にたっぷり積雪している尾根をひたすら登り続けて北岳の山頂に到着した。この日はかなり晴れていて甲斐駒ヶ岳や間ノ岳まではっきり見えた。この時、水城涼真は山で体験する非日常感というものを肌で感じていたが、まだ高校二年生にとっては過酷な雪山登山になったことは言うまでもない。



10年前の8月下旬・・・大峰・白子谷


高校3年生に進級した水城涼真だが、春頃からずっと山岳会で岩登りのトレーニングをさせられていた。もう完全にロープワークは身に付いていてビレイヤーとしても信頼されるようになっていた。5月には木曾御嶽山でバックカントリーなどに参加。普段はザックの中に石を入れて約20kgを背負っての登山などをしていた。7月になると毎週のように沢登りに連れていかれた。それから8月の下旬になると山岳会でも今年最後の沢登りということで大峰の白子谷というところに連れていかれた。かなり暑い時期には沢登りで涼むのがいいと思っていたが、山岳会では最後まで沢を詰めてピークへ登るのが当たり前になっていた。ところが沢を詰めるといってもまともな登山道を歩くのではなく、常にバリルートなので毎回のように藪漕ぎや超急斜面を登るといった過酷なものでもあった。この白子谷でも、最後は鉄山てっせんまで登って下って行くルートが計画されていた。朝から白子谷に入渓して遡行していると途中から左側の尾根に無理矢理登ることになった。


水城涼真「大野先生、ここのところ毎週のように沢登りをしていますが、どうしていつも谷を詰めて山登りをするんですか?」

大野先生「水城、これこそが沢登りの真髄なんよ。最後は大変やろうけど谷を詰めることで達成感を得られることになる」

水城涼真「こんな反返った尾根をしかも藪漕ぎをしながら登っていくことに意味なんてあるんですか?」

大野先生「水城もかなり登山技術が上がってきてるからわかると思うけど、これも非日常なんよ」

水城涼真「それはわかりますけど、藪漕ぎはもううんざりです」


そんな話をしながらも尾根をどんどん登って行き鉄山平の手前のコルに到着した。そのまま鉄山の山頂を経て大川口へと下山していった。



9年前の5月・・・


高校を卒業した水城涼真は進学しなかったが就職先もなく、しばらくファミリーレストランでアルバイトをしていた。三島山岳会での経験でかなりの山岳技術を身についていたものの、なかなか思うような仕事は見つからなかった。そんなある日、母親と登山の話をしていると「昔は母さんも八ヶ岳の硫黄岳から横岳、赤岳まで縦走したんだけど、あの景色を涼真にもいつか見せてあげたいわ」と言われた。そんな母親の話を聞いた水城涼真はいつか俺もその景色を見てやるからと心の中で思っていた。ところが、それからしばらくして両親が乗っている車がダンプカーと接触するという交通事故にあった。その両親は即死とのことで、水城涼真は愕然とした。今住んでいるアパートは両親の遺産であるが、妹である志帆はまだ中学生なのだ。これから志帆とどのようにして生きて行けばいいのか途方に暮れていた。こうなった以上はもう新しい人生を歩いていくしかないと考えた水城涼真は、まず三島山岳会を抜けることにした。


大野先生「水城、今は辛いかもしれんけどこれからもがんばってな」

水城涼真「大野先生、これまでありがとうございました。登山を辞めるつもりはありませんが、ここからは独立します」

大野先生「水城は登山の才能があるし、もうすっかり技術は身につけてるから独立できるやろう」


それから数日して一通のメールが届いていた。それは雑誌編集社からのもので水城涼真の登山ブログを見て執筆の依頼をしたいとのことだった。もちろんその雑誌社の依頼を受けることにしたが、しばらくして「しばらく関東周辺の山の取材をしてほしいので、2年間は東京近郊に住んでもらえないか」という依頼が届いた。自分が関東に住むのはいいが、妹の志帆はどうすればいいのかわからない。ところが妹の志帆は「うちなら大丈夫やから関東に行ってきたらええよ」と言われた。まだ15歳の志帆に一人暮らしをさせるのはどうかと考えていたが、むしろ炊事や家事を完璧にこなしている。それに何かあった時は同じアパートにいる22歳の仲の良い女性にお願いすればいい。そうして水城涼真は東京へと旅立ったのである。


水城涼真の過去END...



8月1日午後21時30分・・・


仕事から帰ってきた若宮朱莉はシャワーを浴び終えると下着姿のまま自分の部屋で天音琴美とSNS通話をしていた。


若宮朱莉「わたし、来週の8日から11日までオフなんですが、天音さんの予定はいかがでしょう?」

天音琴美「えっとね、あたしは8日から10日までオフかな。11日には午後から収録があるの。お盆はずっとお仕事が入ってる」

若宮朱莉「だったら8日から10日まで登山ご一緒しませんか?」

天音琴美「いいけど、この猛暑の中どこの山に登るの?」

若宮朱莉「涼真さんのお母さまが登った八ヶ岳はどうでしょうか?硫黄岳から横岳、赤岳へと縦走するコースです」

天音琴美「なるほど。冬に赤岳には登ったけど縦走はしてなかったからね」

若宮朱莉「涼真さん、いつか南八ヶ岳の縦走をするのが夢だったと聞いていましたので今回はわたしが計画を立てます」

天音琴美「わかった。あっちゃんはお盆休みまで仕事みたいだから無理だし、あたしと朱莉ちゃんと涼真さんの3人になるのかな?」

若宮朱莉「そうですね。お盆前に休みがとれる人は少ないと思います。では、天音さんは東京から美濃戸口へ直接来てください。詳しい日程は後日連絡します」


そうしてSNS通話を終えた若宮朱莉はそのまま水城涼真の部屋に入って「涼真さん、来週の8日ですが八ヶ岳に行きましょう!」と言った。ところが若宮朱莉はまだ下着姿のままだった。


水城涼真「朱莉ちゃん、びっくりするやん!とりあえず服を着てほしい。それから話は聞くから!」

若宮朱莉「いいじゃん。もう涼真さんとはそういう関係になっちゃったんだし!」

水城涼真「俺が落ち着かんのよ!それより何で八ヶ岳なん?」

若宮朱莉「涼真さんのお母さまが登った南八ヶ岳の縦走路を一度歩いてみたいって言ってたじゃん。今回はわたしが登山計画をするから行こうよ」

水城涼真「そんな話よー覚えてたな?まあ、今は執筆の依頼も来てないからええけど俺と朱莉ちゃんの2人で縦走するん?」

若宮朱莉「さっき、天音さんも誘っておいたので3人になるかな」

水城涼真「そうか、わかった。じゃあ今回の登山計画は朱莉ちゃんに任せるから頼むわな」

若宮朱莉「うん!あの・・・涼真さん、今日は久しぶりに一緒に寝ない?北海道に旅行して以来だし・・・」

水城涼真「そうやったな。まあ、じゃあそうしようか・・・」


この日の夜、水城涼真は久しぶりに若宮朱莉を抱くことになった。お互いに愛し合った夜の出来事は満足するものとなった。

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