恋する乙女と湯煙と(仮)
拙文、『非霊感少女の視る世界(仮)』と『忌みがわ狩るト壊いは無し』と、同じ世界の同じ人間のお話です。
女子高生2人の ゆるふわ日常系です (しかも温泉回
)
主な登場人物。。
香那実、、超美人女子高生
沙咲良、、見えないモノが視える、自称・非霊感少女
あの人、、あの人
1.
ガラララ、
ガララ、バシャ
浴場から1人出て行った。
日帰りの温泉施設の女風呂。
残ったのは、私と香那実の2人になった。
脱衣場の方から見ると、左右に縦長の湯船が2つある。
その間が通路で、左右の壁にはカラン台が並んでいる。
奥は磨り硝子の窓と、露天風呂へ出る横開きのサッシドア。
時間帯のエアポケットなのだろうか、ついさっきまで3人で、そして、今は私達だけ。
「ふう」
息を吐きながら、香那実がお湯から出て、浴槽の縁に座った。
私は自分の左手を見上げる。
美人が、その美しい顔に相応しい美しい体を持った美人が、全裸でそこにいる。
火照った肌に、お湯の雫が張り付いていた。
私は、見とれるのを強制終了して、前を向く。
「沙咲良、熱くないの?」
左上から香那実が訊いてきた。
「私、冷え性だから」
「そーゆーもんなの?」
香那実は右足を上げて、左膝の上に乗せた。
超絶美人がやる格好ではないが、大浴場には私達しかいない。
オッサンが似合いそうな格好でも、香那実がやれば、清らかな仏像のような美しさがあった。
柔らかく少し前屈みになった上半身から、腰まわり、こちらに向けられた右膝まで、すべて綺麗だった。
足の裏とか、私から見えないところも、綺麗に決まっている。
菩薩…、観音…
「ああ、観音様って、観音開きだからか…」
「え?、何?、カンノン?」
「あ、声に出してた、いや、観音ね、観音…、キャノンってカメラのメーカーがあるでしょ」
「あるね」
「キャノンの会社名と、その英語表記の、C、A、N、O、Nって、元ネタに観音菩薩のカンノンがあるんだよ」
「ふーん」
「あと、キャノンの正式名称は、ヤは小さくなくて、キ、ヤ、ノ、ンって書くんだよ」
「へえ…、何か話をごまかした?」
「まさか」
「ふうん」
この女は勘がいいが、それほど突っ込んでくる事はない。
私はチラッと脱衣場の方を見た。
「ねえ、香那実、お前さ、いくつまで父親とお風呂に入ってた?」
「何それ?、えーっと、あたしがスポブラを付け始めた頃だから、小学4年生だな」
「え?」
「何?」
「いや、小学4年でスポーツブラって早いな、とゆー衝撃と、けっこー遅くまで父親と入ってたんだな、と」
「そう?、今でもお父さんと入りたいくらいだけど?」
「マジで!?」
「うん、あたし、お父さん好きだし、でも、お父さんが遠慮してるみたい」
私は隣の裸体を見上げる。
小6の3学期に初めてカップ付きのキャミソールを買ってもらい、いまだに、カップ付きのキャミソールで事足りてる私とは、比較にならないボリュームだ。
しかし、女が胸の大きさで嫉妬したり、劣等感を抱いたりなんてのは、マンガやアニメの話だ。
フィクションである。
現実にそんな女はいない。
ともかく、いくら父親でも、さすがにこの裸じゃ、対処に困るだろう。
「あたしさ、発育良かったから」
「だろうね」
「水泳の授業で、女子だけ教室で着替えてた時、女の先生もそこにいてね、Tシャツ脱いだあたしに駆け寄ってきて、すぐにブラジャーを買うように親に言いなさいって」
「それが小4?」
「そう、最初にスポーツブラ買ってもらったけど、5年に上がる時には、ちゃんとお店でサイズ計ってもらって、普通のブラジャーになったけど」
その頃から、男子児童の注目をあびていたのだろう。
「それがどうした?」
「えーーっとね、それより、もっと小さい頃に、こーゆー温泉に来て、父親と一緒に男風呂に入った事ない?」
「ううん、すげー小さい頃、小学校上がる前に、あった気がするけど」
「例えばだけど、逆に、母親に連れられて、小さい男の子が、女湯に入ってくる場合もうるよな」
「あるね」
「その男の子が、何才までなら、許せる?」
「何才?」
「その男の子が、小4だったら、許せる?」
「小4なんて、ガキンチョじゃん、別に何とも思わないよ」
「じゃあ、その小4の男の子が、お前みたいに発育が良くって、小6とか、中1に見える体格だったら?」
「まあ、小6なら、ギリ」
「でもその男の子は、勃起している」
「ほう」
「しっかり、まわりの女の裸に、性的興奮で反応している」
「んんん……」
ポチャ
香那実が再びお湯につかる。
目線が同じ高さになった。
何故か、香那実は私をじっと、真っ直ぐに見ている。
無言で私を見つめている。
見つめている。
「何ですか?」
ひきつった声で訊ねた。
「そーゆー、マセたガキがいたら、じっと見続けてやるかな、向こうが恥ずかしくなるまで」
「おおお」
逆に、そこから、その後の性癖が決まりそうだが。
「で、何の話なの?」
「さっき、最後に出て行った人」
「うん、こっち側のお風呂で、一緒だったよね」
「あの人、男だよ」
「え!」
2.
脱衣場から見て、右手の湯船の、右奥の角に、私と香那実はいる。
私が奥だ。
最後に浴場を出て行ったあの人は、私から見て左前の方向の縁にいた。
対角線に近い。
脱衣場から見ると、右手の湯船の左手前。
2つの湯船の間の通路側だ。
香那実は私の方を向いて喋っていたので、あまりあの人の事は視界に入ってなかっただろう。
逆に私は、香那実の方を向くと、その後方に、あの人が常に視界に入っていたのだ。
香那実はしばらく脱衣場の方を見て、ゆっくり私の方を向いた。
「いやだって、ちゃんと胸も出てたよ、男っていうなら、あんたの胸の方がよっぽど」
「こ、だからある程度の肉体改造は、手術で出来るんだよ」
「今あたしに殺意を向けなかった?」
「まさか」
香那実は右手の人差し指を立てて、クルクルと回す。
「んん、年は、若く見積もって40手前くらい?、うん、あの人が上がる時、チラッとしか見なかったけど、もちろん、下には何も付いてなかったよな」
「無かったよ」
「何で、元が男の体って分かるの?」
香那実は目を細めている。
彼女は、何かを思い出そうとする時の癖が、何種類かあるのだ。
「私、ずっと体が弱くて、中2くらいまでは、ほとんど水泳の授業を見学してたんだよ、それで、ぼんやりみんなを眺めてたら、男と女って、だいぶ体つきが違うんだよね」
「骨格とか?」
「そう、筋肉の付き方、肩幅とか、腰回りとか…、で、さっきの人が出て行く背中を見たら、やっぱそうだな、って」
「そんな分かる?、筋肉質の女の人だっているでしょ」
「骨盤の形は違うしね、それと、あの人の、毛がね」
「毛?」
「足の付け根の、毛の生え際が、こう、丸く、半円上になってた」
「何それ?」
「たぶん、そこにあったのを、切った痕だと思う」
香那実は暫く細めてから、右下を向いた。
「何で私の見るんだよ、自分のを見ろよ」
「あんた、そんな細かいとこまで見てたの?、そんなの気にして温泉入った事無いよ」
「私だってないけどさ」
「あ、アレだろ、あんたの得意の霊感で、あの人のオーラとか見えたんだろ?、男の肉体からしか立ち上らないオーラがあるんだろ?」
「霊感もオーラも存在しないよ、ただ、そーゆー感じのモノを、私の左目は視たけど」
「え!マジ!?、どんなの?」
「例えるなら、恋する乙女」
3.
私は小さい頃、交通事故にあった。
その事故の記憶は無い。
目覚めたら病院のベッド上で、何本も管が繋がっていた。
その事故で、脳の一部と左目に障害が残った。
おそらく、そのせいで、私は、人に見えないモノが視えるようになった。
例えばそれは、涙声を食べる青い形の喪失感だ。
例えばそれは、乾いた目次の落下と空腹。
揺れる髪の毛を食べそこなった爪先。
穴から這い出る溜め息の内蔵。
言葉にしても伝わらないが、言葉にしないと伝えられないモノが、小学生の私には視えた。
自分以外の誰も、それを気にしなかったので、漠然と、自分にしか視えてないのだと理解した。
もしかしたら、この病室だけかとも思ったが、体から管が抜かれ、車椅子に乗って廊下に出ても、相変わらず言葉に出来ないモノが視えたので、幼い私は「そーゆーモノなのだ」と諦めた。
それは、他の誰にも見えない、自分にしか視えないモノ。
と言う事は、問題は自分にあるのだろう。
私の左目と、脳の一部には、障害が残っている。
私の左目と、脳の一部が、私にそれを視せているのだ。
私が識らない私の一部が、ぼんやり生きている私に、何かを報せようとしているのかもしれない。
私は、そう想っている。
4.
「体の一部を取るって、どんな感じなんだろうね」
独り言のように香那実が言った。
お風呂から上がった私達は、日帰り温泉施設の休憩所にいる。
畳の大広間だ。
長テーブルがいくつも並べられ、部屋の隅には座布団の山がある。
喋り続けるおばさん達や、昼間からビールを飲んでるおじさん達、そして、小さい子供を連れた家族が、点々と長テーブルの周りにいる。
私と香那実は、壁際に並んで座っていた。
格好は私服だ。
私は灰色のジャージ、香那実は裾の長いワンピースで、2人とも壁に背中をあずけ、足を投げ出している。
自販機コーナーでそれぞれペットボトルを買った。
香那実は強炭酸水で、私はアセロラドリンク。
「体の一部が無くなるって、ピアスとかモンモンとは、また別もんじゃん」
香那実が私の方を向いた。
「モンモンって何?」
「ヤクザが背中に背負ってるような、和彫りのタトゥー」
「普通にタトゥーでいいだろ」
変な事を識ってる女子高生だ……。
アセロラドリンクを一口飲む。
「長く入院してる時、待合室のベンチにね、おじさんが座ってて、ずっと左手で右手を持つようにして、撫でたり、さすったりしてたんだよ」
「うん」
「で、おじさんが名前を呼ばれて立った時、右手が見えてね、そのおじさん、右手の小指と薬指が無かったんだ、中指も途中までだった」
「……」
「後で、先生に訊いたら、小学生にも分かるように、優しく教えてくれたんだけど、体の一部を事故とかで失くして、もう無いはずの指とか、痛くなる人がいるんだって、幻肢痛って言うらしいんだけど」
「ゲンシツー?」
「えーと、幻の、手足の四肢の肢に、痛みで、幻肢痛」
「ふん、なるほど、英名はファントムペインだって」
香那実は素早くスマホで検索していた。
現代人だ。
「無いはずの体の一部を、まだあると脳が勘違いしてるのかな?、詳しい事はよく分からないけど、おじさんは、失くなった指が痛くて、指があった空間を撫でて、さすって、痛みに耐えてたんだ」
香那実が左手を見ている。
小指と薬指が曲げられて、親指、人差し指、中指がピンと伸びている。
右手でスマホを操作しながら呟いた。
「だよな」
「何が?」
「フレミングの法則って、左手であってたわ」
「ヒトの話、ちゃんと」
ワハハハハ!
ひときわ大きな笑い声が響いた。
ビール片手のおじさん達が、周りを気にする事なく、爆笑していた。
香那実が強炭酸のペットボトルをあおる。
ハアァ…
「お酒って美味しいのかなあ?」
「美味しいんだろうねえ、あんなに楽しそうだし」
「沙咲良、誕生日は4月だよな?」
「そうだけど」
「20歳になったら、一緒にお酒飲もうよ」
「え、うん、飲もう」
思わず声が上擦りそうになった。
「あたしは3月だからさ、それまで待っててよ」
「そうだね、うん、待ってるよ」
この先の未来も、高校を卒業しても、香那実の隣にいる時間がある。
初めてのお酒を飲むという、特別な日の約束。
もしも私が今の私を視たら、私は、温かい色をしているだろう。
幸せな色をしているだろう。
左目と脳の障害で、見えないモノが視えるようになった私は、人間が纏っている色も視るようになった。
世俗の言葉でオーラとでも言うのだろうか。
オーラなんてモノを人間が発しているわけはない。
おそらく、私の脳のどこか、私の認識していない部分で、その人間を深く繊細に観察し、私にその人間の感情を、色で見せているのだろう。
香那実を視る。
いつも通り、香那実には何の色も視えない。
香那実の感情を読めないのか、あるいは、私の心の奥が、香那実を観察する事を拒否しているのか。
どうしてなのかは分からない……。
未来への約束は、いつまで続くのだろう。
私が香那実の隣からいなくなったら、香那実は何か想ってくれるだろうか。
私の隣から香那実がいなくなったら…。
少しだけ、胸の奥が痛い。
現実ではない、幻の痛みだ。
5.
人が纏っている色の、どんな色が、どんな感情なのか、自分では分析出来ない。
ただ、そう言う感情だと、私が識っているのだ。
言葉で説明は出来ないし、しようとも思わない。
さっき、大浴場から最後に出て行ったあの人の色は、恋する乙女だった。
私の中の何かが、あの人を、恋する乙女だと認識したのだ。
お風呂に浸かっている時、香那実が私の方を向いた横顔を、あの人は、チラチラと見ていた。
こんな美人がいたら、誰だって見てしまう。
でも、あの人の視線は、憧れの先輩でも見るような視線だった。
恋する乙女そのものだった。
しかし、あの人は、ただの恋する乙女ではなかった。
あの人がお湯の中から立ち上がった時、私には視えた。
あの人の足の付け根から、赤くてピンクで紫のモノが伸びているのを。
それはペットボトルくらいあって、お腹につきそうなほど、反り返って、ビクン、ビクンと脈打っていた。
私はそれを、一瞬、怖いと思った。
異質なモノだったからだ。
それでも、あの人が纏う色は、恋する乙女だった。
男としての脳や肉体が、あんなにグロテスクに反応してたとしても、あの人の心は、恋する乙女だ。
毎日のように学校で見かける、青臭くて甘い色だ。
時に苦い色だ。
時に心が痛くなる色。
あの人も、自分の無くなった部分に、幻肢痛のような痛みを感じるのだろうか?
あるいは、痛みとは別の何かを…。
そんな事を思いながら、私は、右手に持ったペットボトルを、しばらく見つめていた。
了




