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追放された復讐者は、恋を選ばない  作者: 竹屋 兼衛門


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第6話 奪い返すもの

夜が明ける。


城塞都市は、静かだった。


勝利の歓声はない。

凱旋もない。


ただ、瓦礫と血の匂いだけが残っている。


■ 黒鉄の牙


連隊本部の奥。


小さな保管室。


戦死者の遺品が並べられている。


ヴァルクは、一つ一つ確認していく。


重い革袋。

刻印入りの酒杯。

欠けた護符。


そこに――


黒鉄の牙の箱があった。


ヴァルクは無言で蓋を開ける。


中には封筒が七つ。


オルグ。

ダリオ。

他メンバー。


ヴァルクは目を閉じる。


「パーティで生き残った者の義務だ」


誰も聞いていない。


それでも、言葉にする。


■ オルグの遺書


酒場の裏口。


朝日の光。

客のいない時間。


アリシアはもう泣いていない。

泣き切っていない顔だ。


ヴァルクは封筒を差し出す。


「オルグのだ」


震える指で受け取る。


封を切る。


短い。

無駄に飾らない字。


 英雄になれなかった俺なんかの事は忘れて生きてくれ。

 さらば、アリシア。

 愛していた。


沈黙。


アリシアは笑おうとする。


失敗する。


「……あの人」


声が掠れる。


「最後まで、英雄のつもりなんだね」


涙が落ちる。


「なれなかったのに」


ヴァルクは何も言わない。


アリシアは遺書を胸に押し当てる。


「忘れられるわけ、ないじゃない」


ヴァルクは財産証書を差し出す。


「全部だ」


アリシアが顔を上げる。


「いらない」


即答。


「こんなの、いらない」


ヴァルクは言う。


「受け取れ」


短く。


「これは、あいつの最後の見栄だ」


アリシアは俯く。


震える声で言う。


「……ずるいよ

 愛してたなんて」


涙が落ちる。


「だったら

 英雄なんか、やめてよ」


声が震える。


「生きててくれれば、それでよかったのに」


ヴァルクは背を向ける。


扉の前で、止まる。


「英雄になれなかったから」


一瞬だけ振り返る。


「本物だ」


それだけ言う。


扉が閉まる。


■ ダリオ


孤児院は、城壁の内側にある。


小さな石造り。

白い漆喰はところどころ剥がれている。


子供たちが、静かに並んでいた。


院長が一歩前に出る。


「あなたが、ヴァルクさんですね」


ヴァルクは頷く。


院長は小さく笑った。


「やっぱり

 ダリオさんが言っていました」


少し間を置いて。


「“俺が死んだら、遺品を届けに来るのはヴァルクだ”って」


ヴァルクは、表情を変えない。


「そうか」


院長は、棚から布包みを取り出す。


「これを、あなたに渡してくれと」


包みの中には、貝殻。


白い。

滑らかに磨かれている。


院長が続ける。


「ここに来るたび、これを眺めていました

 “海の色を忘れたくない”って」


子供の一人が言う。


「ダリオ兄ちゃん、笑ってたよ」


ヴァルクは、貝殻を手に取る。


軽い。


音はしない。


院長が、少しだけ声を落とす。


「それから――

 あなたのことを」


ヴァルクは顔を上げる。


院長は微笑んだ。


「怖がらないでやってくれ、って」


沈黙。


風が鳴る。


ヴァルクは貝殻を握る。


割れない。


「……あいつらしい」


それだけ言う。


財産の袋を差し出す。


「全部だ」


院長が息を呑む。


「本当に、全部ですか」


「そう書いてある」


子供たちが袋を見つめる。


ヴァルクは踵を返す。


院長が背中に言う。


「ダリオさん、あなたのことを誇りにしていましたよ」


ヴァルクは止まらない。


ただ、小さく言う。


「……知ってる」


貝殻を握る指が、わずかに強まる。


孤児院の門を出る。


手の中の貝殻が、少しだけ温かい。


■ 解散


連隊長の前。


黒鉄の牙は、正式に解散した。


名簿から消される。


連隊長は言う。


「黒鉄の牙は壊滅した」


沈黙。


「だが、逃げなかった」


間。


「この城塞都市は、まだ立っている

 それだけは記録に残る」


ヴァルクは敬礼しない。


ただ、立つ。


連隊長が、ゆっくりと敬礼する。


ヴァルクは、返さない。


「ご苦労だった」


英雄扱いはしない。


それでいい。


■ 馬車


夕暮れ。


中央へ向かう街道。


完全治療には中央の高位術者が必要だ。


馬車が揺れる。


ヴァルクの右腕は包帯で固められている。

セレーネの左肩も、まだ上がらない。


揺れた拍子に、

互いの袖が触れそうになる。


触れない。


ほんの指一本分の距離。


静かな時間。


外の風景が流れる。


セレーネが口を開く。


「本来なら」


少し間。


「手が繋げる距離ですね」


ヴァルクは視線を動かさない。


「届かない距離だ」


沈黙。


だが、拒絶は冷たくない。


セレーネは小さく笑う。


「……理論上は、可能性ゼロではありません」


「切り捨てる」


即答。


「今は、選ばない」


セレーネは窓の外を見る。


「知っています」


ほんの一瞬だけ、指先が動いた。


それでも隣に座る。


その距離は、縮まらない。


■ 終わりではない


夜。


焚き火の明かり。


馬車は休憩する。


ヴァルクは一人、外に立つ。


貝殻を取り出す。


守れなかった。

奪われた。

全部。


だが。


指に力を込める。


「奪い返す」


貝殻が、わずかにきしむ。


割れない。


まだ、割れない。


中央の灯りが遠くに見える。


馬車が動き出す。


闇の向こうへ。


(第一章・完)


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