春の悪霊
スーッと抜ける優しい雪解けのにおいで目が覚めた。
もうすぐ春が来るみたいだ。
僕は覚えている。
小さな公園に咲いている大きな桜の木を。
耐え忍び、光を蓄え、その時を待っていた強く気高い桜の木。
寒さに微睡む人々に春を告げるは花吹雪。
君は忘れてしまったかな?
夏になればまた会えるだろう。
だって君は必ず会いに来てくれるから。
君のことだ、きっと僕が眠る季節にも会いに来てくれてるんだろうな。
ごめんね。
でも、今年はどうやら神様がチャンスをくれたみたいだ。
今度は僕が君に会いに行くよ。
夏じゃなくて春、君に会いたいから。
今君とあの公園で大きな桜の木を見たいんだ。
果たされなかった約束を今更だけど叶えたい。
君はどう思うかな?
そーっと穏やかに頬を撫でるそよ風に背中を押された。
そうか春が来たんだ。
私は覚えているよ。
小さな公園に咲いている大きな桜の木でしょ?
踏ん張って、英気を養い、その日を待っていた儚く勇敢な桜の木。
寒さに震える人々に春を届けるは花盛り。
貴方は忘れちゃったかな?
夏になればきっと会えるんだと思う。
だって貴方はいつも夏だけは私を待っていてくれるから。
でもね、気付いている?実は夏だけじゃなくて、秋も、冬も、春も、貴方に会いに行っているんだよ?
許さない。
だからさ、今年の春は貴方が会いに来て?
私、待ってるからさ。
夏じゃなくて春、貴方に会いたいから。
今貴方とあの公園で大きな桜の木をみたいな。
叶えてくれるかな?あの日の約束、私の我儘。
貴方は何を思うのかな?
二人の世界に春風が吹いた。
いた、君だ。
貴方の気配がする。
「そこにいるの?」
『ああ、会いに来たよ』
本当に?夢じゃない?
だって、まだ夏じゃない。
まだ、夢の中なんじゃないか?
だって、まだ夏じゃない。
それでもいいかな。
それでもいいじゃないか。
「待ってたよ」
『数年の大遅刻をしてしまったね』
ホントだよ。
私がどれほど…………苦しかったか、悲しかったか。
でもね、そんなのもうどうでもいいや。
これが、惚れた弱みってやつなのかな?
「許してあげる」
不甲斐ない。
僕がどれだけ…………傷つけたか、痛めつけたか。
だから、僕は罰を受けるべきなんだ。
なのに、君は許してくれるのかい?
『ごめん』
「謝らなくていいよ。それよりほら、見て」
『ああ、綺麗だ』
僕らの前に、
私たちの前に、
あの日一緒に見ようと誓った桜の木がある。
約束、果たせたかな?
約束、叶えてくれたね。
「うん。きれい…………だ、ね」
『泣いてる?』
「え?」
いつの間にか泣いていた。
そのことに気づけば、気持ちが溢れ出してきて止まらない。
ずっと一緒にいたかった。生きたかった。
どうして私を置いていっちゃったの?
やっぱり許してあげない。
許して欲しいなら…………。
『ふふ』
「なん、で!わらうのぉー」
『ごめん。本当は謝らないといけないんだけど…………嬉しくて』
きっとその涙は思いの塊なんだ。
そう思ったら、嬉しくてつい気持ちが抑えられなかった。
ずっと一緒にいたいな。生きたいな。
どうして僕は先にいってしまったんだろう。
やっぱり罰が欲しいな。
とびっきりのやつが…………。
「可愛い彼女を、泣かして…………嬉しいとか。…………とんだ悪霊だ」
『確かに僕はわるーいお化けだね。ならどうする?』
「罰として、来年…………も、一緒にさ、桜を見ることっ」
『罰なら仕方ないね。何なら秋に紅葉、冬に雪景色もつけようか?』
「テキトウなことばっか言って!…………嘘だったら除霊師に祓ってもらうから」
『それは困るな。君に会えなくなる』
「じゃあ、今のやっぱなし」
「『……………………ぷ、あはは!』」
ああおかし!
ねぇ、私、今とっても幸せだよ。
まったくへんだ!
ああ、僕、今すごく幸せだ。
『好きだよ』
「私は大好きだよ?」
『なっ!僕だって』
「どうかなぁ?」
『ホントだって!』
「…………約束、忘れないでね」
『うん…………必ず』




