第8話 並んで立つだけで
評議会の場に、
これほど雑音がないのは久しぶりだった。
長い楕円形の机。
左右に並ぶ貴族と文官たち。
正面には、第一王子アレクシア。
そして――
その一歩後ろ、
彼と同じ線上に立つ私。
(……ああ)
私は、
小さく息を整えた。
これは、
発言する位置じゃない。
“判断の近くにいる人間”の位置。
「では、次の議題に入る」
アレクシアが、
淡々と告げる。
いつもと同じ声。
いつもと同じ表情。
違うのは、
私がそこにいることだけ。
――それだけで、
空気が変わる。
(皆、
私を見ない)
正確には、
見てから、視線を外す。
夜の店で、
“触れてはいけない卓”を
無意識に避ける、あの感じ。
誰も、
私に話しかけない。
でも。
全員が、
私の存在を前提に話している。
(夜職語録⑱
一番効くのは、
喋らない人が
そこにいること)
「先日の記録に関連してですが」
文官の一人が、
慎重に口を開いた。
「今後の手続きについて、
基準を整理する必要があるかと」
その瞬間。
視線が、
一斉に私へ――
向かいそうになって、止まる。
そして、
アレクシアを見る。
彼は、
一瞬だけ私の方を見て、
何も言わない。
――それが、答えだった。
文官は、
続きを選ぶ。
「……現行案を基に、
慎重に進めるのが妥当かと」
誰も、
異を唱えない。
反論も、
確認もない。
判断は、
すでに済んでいる空気。
(……これ)
私は、
はっきり理解した。
二人で並んで立つ意味を。
第二王子カイルは、
議場の端にいた。
以前なら、
自然と輪の中心にいた位置。
今は、
発言の順番も回ってこない。
彼の視線が、
何度も私に向く。
だが、
私が一度も見返さないことで、
その視線は宙に浮く。
(夜職語録⑲
目を合わせない=
その人は、
もう交渉相手じゃない)
彼は、
何か言いたそうに口を開きかけ――
閉じた。
今、
喋れば終わる。
それが、
本人にも分かっている。
会議は、
驚くほど早く終わった。
揉めない。
脱線しない。
感情が入らない。
それは、
良い会議だったか?
――いいえ。
支配された会議だった。
誰も命令していない。
誰も脅していない。
ただ、
並んで立っていただけ。
評議会が終わり、
人が引いていく。
私は、
アレクシアの隣で
足を止めた。
「……凄いですね」
小さな声で言う。
「何がだ」
「誰も、
私に話しかけませんでした」
彼は、
少しだけ口角を上げた。
「正確には、
“話しかける必要がなかった”」
私は、
納得してうなずく。
「……怖い会議でした」
「だろうな」
短く笑う。
「だが、
これが王宮だ」
私は、
少しだけ視線を上げた。
「私、
何もしていませんよ?」
「ああ」
彼は、
はっきり答えた。
「だから、
皆が黙った」
沈黙。
でも、
嫌な沈黙じゃない。
理解が一致した沈黙。
私は、
小さく息を吐いた。
(……これ以上は、
前に出ちゃいけない)
影響力を、
見せすぎる。
それは、
危険だ。
アレクシアは、
私の考えを読んだように言う。
「今日は、
これでいい」
「……はい」
私たちは、
それ以上何も言わず、
並んで歩き出した。
言葉はない。
でも、
周囲にははっきり伝わっている。
この二人は、
同じ側だと。
それだけで、
十分だった。




