第7話 彼女の影響力は、俺が背負う
恐れているうちは、使えない。
第一王子アレクシア・ルイテル・ヴァンテイルは、
執務室で一人、
報告書に目を通していた。
内容は、
ここ数日の王宮内の動き。
・会合の議題変更
・人事調整の停滞
・発言の慎重化
どれも、
表に出せば
「落ち着いてきた」と言えるもの。
だが。
(……中心は、彼女だ)
ユノス・メルク・フォビア。
彼女が
何かを命じたわけでも、
圧をかけたわけでもない。
それなのに、
皆が様子を見る。
彼女がどう動くかを基準に、
判断を先延ばしにしている。
(放置すれば、
王宮が“止まる”)
それが、
アレクシアの出した結論だった。
恐れる理由は、
十分すぎるほどあった。
彼女の影響力は、
無自覚で、
制限がない。
そして――
本人が、
それを“使わない”と決めている。
(だから余計に、
周囲が勝手に重く受け取る)
沈黙は、
時に命令より強い。
だが。
(……だからといって)
彼女を
遠ざけることはできない。
抑え込むことも、
利用することも――
間違っている。
(なら)
答えは、
一つしかなかった。
彼女の影響力が生む波を、
俺が前に立って受ける。
「フォビア公爵令嬢を、
次の評議会に正式招集する」
その命令が出たのは、
その日の夕方だった。
側近が、
一瞬だけ目を見開く。
「……よろしいのですか?」
「問題が?」
「いえ……
ただ、
“影響力が大きすぎる”
という声もあり……」
アレクシアは、
即答した。
「だからだ」
低く、はっきりと。
「彼女が何も言わないまま
中心に据えられる方が、
よほど危険だ」
側近は、
ゆっくりと息を飲んだ。
「……殿下が、
前に立たれると?」
「俺が議事を切る」
迷いはない。
「彼女が発言すれば、
その責任は
俺が引き受ける」
王子が、
そこまで言う意味。
側近は、
ようやく理解した。
(これは、
庇護ではない)
覚悟だ。
その夜。
アレクシアは、
回廊でユノスを呼び止めた。
「……時間をもらえるか」
彼女は、
すぐに立ち止まる。
「用件は?」
「知らせておくべきことがある」
短く、
率直に。
「次の評議会、
君を正式に招集する」
ユノスの目が、
ほんのわずかに細くなる。
「……理由は?」
「王宮が、
君を“基準”にしている」
正直に言った。
「放置すれば、
皆が動かなくなる」
沈黙。
彼女は、
すぐには答えなかった。
(……やはり)
拒否される可能性も、
覚悟していた。
だが。
「分かりました」
意外にも、
答えは短い。
「ただし」
視線が、
まっすぐこちらを射抜く。
「私の発言が、
誰かを縛るなら」
一拍。
「その責任、
殿下が取ってくださるんですよね?」
――核心。
アレクシアは、
迷わずうなずいた。
「ああ」
「なら、
引き受けます」
それだけ。
交渉は、
成立した。
彼女が去った後、
アレクシアは
一人で息を吐いた。
(……怖くないと言えば、嘘になる)
彼女の影響力は、
王子である自分ですら
簡単には制御できない。
だが。
(それでも)
恐れて距離を取るより、
前に立つ方がいい。
彼女を
“危険な存在”として扱うのではなく、
“力ある存在”として認める。
それができるのは、
今は――
自分しかいない。
アレクシアは、
静かに結論を出した。
(彼女の影響力は、
俺が背負う)
王子として。
そして――
一人の男として。
この覚悟が、
何を生むのかは分からない。
だが、
逃げるよりはいい。
少なくとも。
ユノス・メルク・フォビアという存在を、
正面から扱うことを選んだ。
それだけは、
誇っていいと
思えた。




