第6話 私のせい、らしい
あれ?
それが、
最初の違和感だった。
王宮の文官区画を歩いていると、
やけに視線が集まる。
(……いや、
見られてるっていうより)
様子を見られてる。
夜の店で言うなら、
新人が入った日に
ベテランが遠巻きに空気を読む、
あの感じ。
「フォビア公爵令嬢」
声をかけてきたのは、
中堅の文官だった。
「本日の評議会ですが……
開始時刻が少し変更になりまして」
私は、足を止める。
「私に、関係がありますか?」
率直に聞くと、
彼は一瞬、言葉に詰まった。
「……いえ。
直接ではありません」
でも、
目が泳いだ。
(あー……)
これは。
直接じゃないけど、
無関係でもないやつ。
その後も、
似たようなことが続いた。
・会合の時間がずれる
・発言順が変わる
・話題が、私の前後で切り替わる
誰も、
「ユノス様がいるから」
とは言わない。
言わないけど。
(……私、
基準点になってる?)
胸の奥が、
少しだけひやっとした。
夜の世界で、
この感覚を知っている。
場の“温度計”になった時の感覚。
昼過ぎ。
第一王子アレクシアと、
廊下で鉢合わせた。
「……最近、
妙に静かだな」
彼は、
独り言みたいに言う。
「王宮が、ですか?」
「ああ」
視線を逸らさず、
続ける。
「皆、
“様子を見ている”」
私は、
少し考えてから答えた。
「それ、
私のせいでしょうか」
アレクシアは、
一瞬だけ目を瞬かせた。
「……自覚、なかったのか」
「今、
気づきました」
嘘じゃない。
私は、
流れに乗っていただけ。
でも――
流れが、私を中心に回り始めている。
アレクシアは、
短く息を吐いた。
「君は、
動かないことで
人を動かしている」
その言葉が、
胸に落ちた。
(夜職語録⑯
一番影響力があるのは、
何もしない選択をした人)
夕方。
私は一人で、
中庭のベンチに座っていた。
鳥の声。
風の音。
平和だ。
でも。
(……これ、
間違えたら危ないな)
自覚した瞬間、
力は“武器”になる。
同時に、
“事故”にもなる。
私が一言言えば、
誰かの立場が変わる。
私が顔を出さなければ、
会合の流れが変わる。
それは、
前世の店でも同じだった。
人気の子が
出勤するかどうかで、
客の流れが変わる。
でも、
調子に乗った子ほど、
消えるのも早い。
(……私は)
どうしたい?
答えは、
最初から決まっている。
長く、静かに、生きたい。
だから。
(影響力は、
使わない)
正確には――
“見せない”。
その夜。
私は、
手帳に短く書き留めた。
・自分が中心にならない
・判断は必ず“場”に返す
・名前を出さない
夜職時代に、
何度も自分に言い聞かせたこと。
立場が上がった時ほど、
一歩引く。
私は、
ペンを置いた。
(大丈夫)
自覚したからこそ、
制御できる。
王宮は、
もう私を
“無関係な人”としては
扱わない。
でもそれでいい。
私は、
表に立つ女じゃない。
――場を整える側だ。
そして、
それに気づいた以上。
もう、
二度と同じ立場には
戻れない。
静かに。
確実に。
私は、
この王宮で
“席を選ぶ側”になった。




