第4話 記録が回ると、席が変わる
あ、始まった。
それが、
私の正直な感想だった。
成人の儀から二日。
王宮の廊下を歩いていると、
人の目線が、はっきり変わっている。
(うん、これ
名前が回った時の空気)
前世の店で言うなら、
“あのお客さん、例の件で共有入ってるからね”
って、裏で回った直後。
誰も露骨なことは言わない。
でも。
・近づく距離
・声のトーン
・話題の選び方
全部が、
微妙に変わる。
「フォビア公爵令嬢」
文官の一人が、
やけに丁寧な声で話しかけてきた。
「先日の記録ですが……
すでに各部署へ共有されました」
(はい、
“全卓共有”ね)
私は、にこやかにうなずく。
「ありがとうございます」
それ以上は、聞かない。
夜の世界で学んだこと。
共有が回った後に
“どう書いてありました?”って聞く人は、
だいたい慌ててる側。
私は、慌てない。
だって、
書いてある内容、
全部知ってるから。
記録は、
感情を一切含んでいない。
・第二王子による婚約破棄の宣言
・新婚約者の名乗り
・王家判断に先んじた発言
・第一王子による是正
――以上。
(うわ、
これ一番きついやつ)
夜職的に言うなら、
感想なしの事実列挙。
盛られもしない。
庇われもしない。
だからこそ、
読む側が勝手に想像する。
「……あ、これ
やっちゃってるな」って。
(夜職語録⑪
言い訳が書いてない記録ほど、
一番信用される)
その日の午後。
評議会の前を通ると、
人の配置が変わっていた。
第二王子の側に立っていた文官が、
いつの間にか
“端”に移動している。
(あー……
席替え入った)
誰も命令していない。
誰も追い出していない。
ただ――
居心地が悪くなっただけ。
これも、
店でよく見る光景。
問題を起こした客の隣に、
誰も座らなくなるやつ。
一方で。
「ユノス様」
「こちらの件ですが……」
私への声掛けは、
明らかに増えていた。
(あ、
“安心枠”に入ったな)
騒がない。
噂を流さない。
余計なことを言わない。
その三拍子が揃うと、
人は自然と寄ってくる。
(夜職語録⑫
静かな人は、
“トラブルを起こさない”と判断される)
私は、
必要なことだけ答える。
余計なことは、言わない。
喋りすぎると、
“目立つ側”に戻ってしまうから。
同じ頃。
第二王子カイルの周囲は、
露骨に静かになっていた。
「……次の会合は?」
「確認中です」
返事は来るが、
続かない。
視線が合わない。
話題が伸びない。
(完全に
“席、空いてるのに誰も座らない”状態)
レミア・カーミル・ローディスも、
似たようなものだ。
廊下で声をかけても、
返されるのは
丁寧だけど、短い言葉。
(あー……
“感じは悪くないけど、深入り禁止”)
これが一番、
精神的に効く。
怒られない。
責められない。
ただ、
選ばれなくなる。
夜。
私は、自室の窓辺で
王宮の灯りを眺めていた。
(……うん、順調)
これは、
ざまぁじゃない。
報復でもない。
整理だ。
場が、
ちゃんとした形に戻っているだけ。
前世の店でも、
トラブルの後に
一番大事なのは“空気の回復”。
騒がない人が残り、
騒ぐ人が浮く。
それだけ。
(夜職語録⑬
記録が回ると、
“性格”じゃなく
“扱い”が変わる)
私は、
小さく息を吐いた。
これで終わり?
・・・いいえ。
これは、
ベース作り。
本当に動くのは、
ここから先。
だって王宮も、
お店と同じ。
一度、席が変わったら、
元には戻らないのだから。




