嫉妬は正義を纏う
王宮で最も厄介なのは、
敵意ではない。
――正義の顔をした善意だ。
◇
最初は、小さな違和感だった。
侍女の視線が、
ほんの少し冷たい。
文官の言葉が、
わずかに形式的。
誰も無礼ではない。
だが、
温度が一段下がっている。
◇
原因は、分かっている。
第一王子の隣。
その席が、
“本物”だと察された。
触れられない距離は、
想像を生む。
想像は、
感情を生む。
そして――
感情は、必ず正義を探す。
◇
「フォビア公爵令嬢」
柔らかい声。
振り向くと、
侯爵家の令嬢、
アリシア・ベルナールが立っていた。
年は近い。
社交界でも評判の高い令嬢。
表情は、
完璧に整っている。
「少しだけ、
お時間をいただけますか?」
断れない丁寧さ。
◇
場所は、
人目のある談話室。
――安全な場所。
つまり、
表向きの話。
「殿下の隣」
彼女は、
単刀直入だった。
「最近、
目立ちすぎではありませんか?」
責めていない。
心配している顔。
◇
「王宮は、
多くの家の期待で
成り立っています」
「特定の方に、
殿下のお時間が偏るのは」
一拍。
「公平ではない、と
感じる者もおります」
――正論。
だから、厄介。
◇
私は、
少しだけ微笑む。
「殿下のお時間は、
殿下のものです」
「ですが、
象徴でもあります」
彼女は即座に返す。
目は揺れない。
これは、
嫉妬だけではない。
家の期待。
社交界の圧力。
自分の未来。
全部が混ざっている。
◇
「私が、
退くべきだと?」
私は問う。
「その方が、
波は立ちません」
優しい声。
でも、
確実に削りに来ている。
◇
沈黙。
周囲の令嬢たちが、
聞いている。
視線が、
空気を固める。
私は、
静かに言った。
「退く理由が、
ございません」
ざわり、と
空気が揺れる。
◇
「殿下は、
私をご指名くださいました」
はっきり言う。
ざわめきが増す。
「役割として」
一拍。
「そして、
意思として」
視線が、
さらに集まる。
◇
アリシアの笑みが、
わずかに硬くなる。
「それは……
個人的な関係、ということでしょうか」
罠。
私は、
逃げない。
「個人的であり、
公的でもあります」
曖昧にせず、
断言する。
◇
「ですが」
私は続ける。
「公平性を問うのであれば」
一歩、
前に出る。
「殿下に直接
お尋ねください」
静まり返る。
◇
逃げ道を、
相手に渡さない。
“陰で言う”を、
許さない。
◇
「……強いのですね」
アリシアは、
小さく息を吐いた。
「いいえ」
私は首を振る。
「隣に立つと決めただけです」
それだけ。
◇
その夜。
第一王子のもとに、
数件の“相談”が入った。
「社交界の均衡」
「他家への配慮」
言葉は柔らかい。
だが、
意図は明確。
◇
アレクシアは、
一つだけ答えた。
「配慮はする」
一拍。
「だが、
席は動かさない」
短い。
明確。
◇
その返答が、
翌日には広がった。
もう誰も、
“偶然の距離”とは言わない。
――選ばれた距離。
◇
(夜職語録㉗
嫉妬は、
価値の証明)
私は、
深く息を吐く。
痛くないわけではない。
でも。
隣は、
まだ空いていない。
そして――
私は、
退かない。




