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「ご指名ありがとうございます」婚約破棄から始まる悪役令嬢の王国攻略  作者: 小鳥遊夜乃


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20/23

隣の意味

距離は、

 管理できる。


 言葉も、

 表情も、

 立つ位置も。


 けれど――

 視線までは管理できない。


 ◇


 その日、

 王宮は静かだった。


 嵐の前のような、

 不自然な穏やかさ。


 ラドウィンの一件以降、

 誰もあからさまに

 私へ近づこうとはしない。


 第一王子の隣。


 それは今や、

 触れてはいけない席として

 扱われ始めていた。


 私は、それを理解している。


 けれど。


(……触れられないのは、

 少しだけ寂しい)


 思考を切る。


 これは、

 仕事だ。


 ◇


 呼び出しではなかった。


 偶然でもない。


 アレクシアは、

 執務室の奥、

 窓辺に立っていた。


 夕暮れの光が、

 彼の横顔を照らしている。


 王子の顔。


 でも今は、

 少しだけ――

 疲れて見えた。


「来たか」


「はい」


 私は、

 いつも通りの距離で止まる。


 ◇


「……距離の件だが」


 彼は、

 窓の外を見たまま言う。


「俺は、

 止めなかった」


「存じています」


「正しかったか?」


 その問いは、

 王子としての確認ではない。


 一人の男の不安だった。


 ◇


 私は、

 少しだけ考える。


「殿下が止めていれば」


 一歩、

 近づく。


「“守られた令嬢”になります」


「止めなかったから」


 さらに半歩。


「“並ぶ存在”でいられます」


 彼は、

 ようやくこちらを向いた。


 視線が、

 真っ直ぐに合う。


 ◇


「だが」


 低い声。


「俺は、

 守りたかった」


 それは、

 初めて聞く温度だった。


 王子でも、

 策士でもない。


 ただの感情。


 ◇


 胸の奥が、

 わずかに熱を持つ。


 危険だ。


 これは、

 管理外。


「……ありがとうございます」


 私は、

 目を逸らさない。


「ですが」


 一拍。


「守られると、

 立てなくなります」


「隣に」


 言い切る。


 ◇


 沈黙。


 風が、

 カーテンを揺らす。


 距離は、

 もう昨日と違う。


 近い。


 触れていない。

 だが、

 逃げればぶつかる距離。


 ◇


「ユノス」


 名を呼ばれる。


 静かに。


「俺は、

 王子でいるべきか」


 それは、

 問いというより

 選択肢だった。


 ◇


 私は、

 迷わなかった。


「いいえ」


 即答。


「殿下は、

 殿下でいてください」


「私は」


 一歩、

 完全に彼の隣へ。


「その隣に立つと

 決めただけです」


 ◇


 彼の指が、

 ほんの一瞬だけ動く。


 触れない。


 触れないまま、

 止まる。


 それが、

 今の正解。


 ◇


「……後悔しないか」


 低く、

 真剣に。


 私は、

 わずかに笑う。


「ご指名を受けた以上、

 途中退席はいたしません」


 少しだけ、

 声が柔らぐ。


「ただ」


 視線を合わせる。


「ご指名は、

 殿下ご自身の意思で」


 彼の喉が、

 わずかに動く。


 ◇


「……ああ」


 迷いはない。


「俺の意思だ」


 その瞬間。


 距離が、

 完全に意味を変えた。


 ◇


 外から見れば、

 何も起きていない。


 手も握っていない。

 抱き寄せてもいない。


 けれど。


 王宮は、

 これを見逃さない。


 ◇


 その夜。


 廊下で囁かれる声が変わる。


 「殿下の隣」ではなく。


 「殿下の隣に立つ者」


 言葉の重みが、

 一段変わった。


 ◇


(夜職語録㉖

 隣に座る覚悟は、

 抱きしめるより重い)


 私は、

 自室へ戻る。


 鼓動が、

 少しだけ速い。


 危険だ。


 でも。


 もう、

 引き返す選択肢はない。


 王宮攻略は、

 次の段階へ進んだ。


 理屈でも、

 金でもない。


 覚悟の段階へ。

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