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「ご指名ありがとうございます」婚約破棄から始まる悪役令嬢の王国攻略  作者: 小鳥遊夜乃


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19/22

距離を売る者



 王宮で噂が形になるまでに、

 時間はかからない。


 誰も口にはしない。

 だが、

 視線が先に動く。


 第一王子とフォビア公爵令嬢。


 並ぶ姿が増えた。

 会話は短い。

 距離も適説

 それなのに――

 近い。


 ◇


 最初にそれを利用しようとしたのは、

 ラドウィン・セレスト伯爵子息だった。


 家格は中堅。

 だが最近、

 南区再開発の動きに敏感に反応している。


 金の匂いに、

 鼻が利く。


 そして今、

 王宮で一番“使える匂い”は――

 第一王子の隣の席だった。


 ◇


 昼の回廊。


 わざと人の多い時間帯。


「フォビア公爵令嬢」


 柔らかい声。


 だが、

 呼び止める位置は計算されている。


 立ち止まらざるを得ない。

 無視すれば目立つ。


 私は足を止める。


「短時間であれば」


「もちろん」


 彼は笑う。


 その笑みは、

 周囲への演出だ。


 ◇


「殿下とは、

 順調のご様子で」


 まずは探り。


「順調という概念が

 何を指すのかによります」


 私は答える。


 曖昧に返す。


 彼は一瞬だけ目を細めた。


 ◇


「南区再開発の件、

 ご存知ですね?」


 来た。


「市場は、

 殿下の方針を

 非常に好意的に見ています」


 “殿下の方針”。


 まだ公式発表はない。


 それを

 既成事実のように使う。


「我が家が、

 橋渡しを行えれば」


 つまり――


 第一王子の名前を借り、

 ユノスの距離を借り、

 自分の家を前に出す。


 ◇


「殿下の意向は、

 そのように?」


 私が問う。


 一瞬だけ、

 彼の言葉が止まる。


「いえ、

 しかし」


「でしたら」


 一歩、

 距離を詰める。


 声を落とす。


「私の距離を、

 勝手に値付けしないでください」


 ◇


 彼の笑みが、

 ほんのわずかに揺れる。


「誤解です」


「いいえ」


 私は続ける。


「殿下の隣は、

 市場ではありません」


「交渉材料でもない」


 視線が冷える。


 周囲の空気が、

 わずかに張る。


 ◇


「……では」


 彼は立て直す。


「正式にご指名をいただければ」


 挑発。


 ご指名という言葉を、

 わざと使う。


 私は、

 一拍置く。


「ご指名は」


 ゆっくりと告げる。


「役割に対して行うものです」


「関係に対してではありません」


 ◇


 沈黙。


 彼は理解する。


 これ以上踏み込めば、

 “売ろうとした”ことが露見する。


「……失礼しました」


 深くない礼。


 彼は退いた。


 ◇


 だが、

 これで終わらない。


 数刻後。


 今度は、

 別の形で噂が流れ始める。


「フォビア令嬢は、

 殿下の意向を代弁している」


 「実質的な窓口だ」


 言葉は、

 少しずつ歪む。


 距離が、

 役職に変換されていく。


 ◇


 その夜。


 第一王子は、

 自ら私を呼ばなかった。


 代わりに、

 偶然を装って廊下で会う。


「聞いた」


 短い一言。


「ええ」


「どうする」


 命令ではない。


 委ねる声。


 ◇


「訂正はしません」


 私は答える。


「ですが、

 “窓口”にはなりません」


 アレクシアは、

 目を細める。


「理由は」


「窓口は、

 塞がれます」


 私は一歩近づく。


「隣の席は、

 開いているように見えるから

 価値がある」


 ◇


 彼は、

 ゆっくりと息を吐いた。


「……利用される覚悟はある」


「存じています」


「だが」


 一瞬。


「守る気もある」


 初めて、

 王子の声音が混じる。


 ◇


「守られれば、

 値が落ちます」


 私は言う。


 真っ直ぐに。


「でも」


 一拍。


「隣に立ってくださるなら、

 値は上がります」


 沈黙。


 それは、

 仕事の話ではない。


 ◇


 彼は、

 ほんのわずかに笑った。


「やはり、

 商人向きだな」


「違います」


「では?」


 私は、

 少しだけ目を逸らす。


「……ご指名を受ける側の

 心得です」


 ◇


 翌日。


 ラドウィンは、

 再開発の件から

 静かに外された。


 誰も命じていない。


 だが、

 王宮は理解した。


 第一王子の隣は、

 売れない。


 そして、

 ユノスは

 “代弁者”ではない。


 ◇


(夜職語録㉕

 売れない距離は、

 信頼になる)


 私は歩く。


 距離は、

 管理できた。


 だが――


 次に来るのは、

 もっと大きい相手だ。


 金は、

 こういう確認を

 必ずしてから来る。


 もうすぐだ。


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