第18話 距離が、先に伝わる
最初に変わったのは、
言葉だった。
◇
「……殿下は、
フォビア公爵令嬢と
よくお話しになりますね」
そう言った文官は、
“噂話”のつもりだったのだろう。
だが、その声色は
好奇心よりも
確認に近かった。
「そうか?」
アレクシアは、
書類から目を離さずに答える。
それ以上、
何も言わない。
だが――
それで十分だった。
◇
王宮では、
否定よりも
肯定しない態度の方が
意味を持つ。
否定すれば、
話題になる。
肯定すれば、
確定する。
だから、
何も言わない。
それが、
“今は触るな”の合図。
◇
一方で、
ユノスの周囲も
静かに変わっていた。
呼び止められる時、
必ず一言が添えられる。
「殿下のお時間に
差し支えなければ」
「殿下のご予定は、
もう確認されていますか?」
――以前は、
なかった言葉。
私は、
それを訂正しない。
訂正する必要が
ないからだ。
昼の回廊。
偶然を装った視線が、
何本も交差する。
私とアレクシアが
同じ方向に歩いているだけで、
空気が一段、静まる。
会話はない。
距離も、
昨日と同じ。
それなのに。
(……早い)
私は、
内心でそう思った。
夜の世界でも、
客は敏感だった。
言葉より先に、
関係の“重さ”を察ぐ。
評議会の控え室。
ヴェラルーカ家当主、
メラルーカが
紅茶を口にしながら言った。
「面白いわね」
「何が、ですか」
「二人とも、
何も宣言していないのに」
眼鏡越しの視線が、
こちらを射抜く。
「周囲が先に、
配置を変え始めている」
私は、
小さく息を吐く。
「……気づかれましたか」
「当然よ」
彼女は、
淡々と答える。
「距離は、
本人たちより
周囲の方が
先に測るもの」
「殿下は、
賢い選択をしたわ」
「選択、ですか」
「ええ」
メラルーカは、
微かに笑う。
「近づきすぎない選択」
囲わない。
縛らない。
でも、離れない。
それは、
一番難しい距離。
その日の夕刻。
アレクシアは、
ユノスを見送る前に
一言だけ言った。
「……何か、
言われているか」
私たちは、
立ち止まらない。
「ええ」
「困っているか」
「いいえ」
一拍。
「整理されてきています」
それで、
彼は理解した。
「ならいい」
それだけ。
だが、
その声音は
わずかに低い。
私は、
歩きながら言う。
「殿下」
「なんだ」
「……距離は、
こちらで調整します」
彼は、
一瞬だけ視線を向ける。
「任せる」
短い返事。
でも、
完全な信頼。
その夜。
王宮では、
一つの共通認識が
静かに広がっていた。
――第一王子の
“隣の席”は、
すでに埋まっている。
正式な発表はない。
婚約の話もない。
それでも。
誰も、
そこに割り込もうとしない。
私は、
部屋に戻りながら思う。
(……距離が、
先に伝わった)
それは、
武器にもなる。
同時に、
試練でもある。
夜の世界では、
一番狙われやすい席だ。
でも。
(大丈夫)
私は、
一人じゃない。
そして――
彼もまた、
覚悟して
その距離を選んだ。
王宮は、
もう気づいている。
あとは――
どう扱うか。
それだけだった。




