第16話 王子ではなく
動くと決めた朝は、
驚くほど静かだった。
第一王子アレクシア・ルイテル・ヴァンテイルは、
王子としての執務を一つ減らし、
代わりに――
予定にない一件を入れた。
場所は、
王宮の表でも裏でもない。
庭園に面した小さな応接室。
格式はあるが、
権威を押し付けない部屋。
“話をしに行く”時に使う席だ。
先に来ていたユノスは、
立ち上がらなかった。
礼はする。
だが、
慌てない。
――それだけで、
彼女の今の席が分かる。
「待たせたな」
「いいえ。
時間通りです」
確認だけの会話。
王子と令嬢の距離ではない。
アレクシアは、
椅子に腰を下ろす前に言った。
「今日は、
王子として来ていない」
ユノスは、
瞬き一つしない。
「存じています」
即答。
彼は、
小さく息を吐いた。
(やはり、話が早い)
「ヴェラルーカ家から、
正式なご指名が入った」
確認の言葉。
「はい」
否定も、
誇示もない。
アレクシアは、
続ける。
「君は、
それを受けた」
「受けました」
「理由は?」
試す質問ではない。
揃えたい質問だ。
「仕事として、
筋が通っていました」
それだけ。
彼は、
頷いた。
「……だから、
今日は俺からだ」
アレクシアは、
視線を上げる。
「王家としてでも、
制度としてでもない」
一拍。
「個人として、
君を指名したい」
空気が、
一瞬だけ張る。
ユノスは、
すぐには答えなかった。
それが、
彼女の礼儀だと
アレクシアは知っている。
「どの立場での
ご指名でしょうか」
落ち着いた声。
拒否でも、
肯定でもない。
確認。
「並ぶ立場だ」
即答だった。
「命令はしない。
責任は分ける」
「決定は、
一緒に行う」
王子が言うには、
重すぎる言葉。
だが――
彼は、
王子として言っていない。
「条件は?」
ユノスが聞く。
「一つだけ」
「聞きます」
「囲わない」
ユノスは、
わずかに目を細めた。
評価だ。
「……良い条件です」
アレクシアは、
ここで初めて
微笑んだ。
王子の笑みではない。
同業者の顔。
「では」
彼は、
言葉を選ぶ。
そして、
はっきりと言った。
「ご指名させてほしい」
ユノスは、
一拍置いた。
その間に、
全てを量る。
席。
責任。
距離。
それから、
静かに答えた。
「承知しました」
一礼。
「ご指名、
ありがとうございます」
温度は低く。
礼は短く。
だが――
意味は重い。
この瞬間、
二人の間に
新しい席が生まれた。
王子と令嬢の席でも、
主と従の席でもない。
並んで座るための席。
アレクシアは、
立ち上がる。
「では、
最初の仕事だ」
「はい」
「金が、
動き始める」
ユノスは、
頷いた。
「分かっています」
夜の世界でも、
同じ順番だった。
(……来たな)
王子は、
心の中で思う。
彼女は、
もう隣にいる。
そして――
この国は、
静かに
次の配置へ進む。
それでいい。
それが、
最善だった。




