第11話 静かな席で
王宮は、
ようやく静けさを取り戻していた。
誰かが処罰されたわけでも、
大きな発表があったわけでもない。
ただ――
いなくなるべき席が、空いただけ。
「……お茶でも、どうだ」
第一王子アレクシアが
そう言ったのは、
本当に何気ないタイミングだった。
命令でも、
提案でもない。
確認に近い。
(……上手)
私は、
小さく頷いた。
「喜んで」
場所は、
王宮の奥にある小さな庭園。
人目は少ない。
でも、
閉じすぎてもいない。
――話すには、ちょうどいい席。
テーブルには、
湯気の立つ紅茶。
香りは控えめ。
主張しすぎない。
(これも、
選んでるな)
しばらく、
言葉はなかった。
でも、
気まずさはない。
沈黙が成立するかどうかは、
相手次第だ。
この人は、
沈黙を壊さない。
「……疲れたか」
先に口を開いたのは、
アレクシアだった。
「少しだけ」
正直に答える。
「でも、
嫌な疲れではありません」
彼は、
小さく息を吐いた。
「それならいい」
「確認しておきたい」
アレクシアは、
紅茶に視線を落としたまま言う。
「今日の件……
君は、
俺が動かないと
分かっていたな」
私は、
カップを持ち上げる。
一口。
間を置く。
「……動かない方が、
よかったからです」
否定もしない。
肯定もしない。
彼は、
その答えを咀嚼する。
「王子が処理すれば、
前例になる」
彼が、
静かに言った。
「はい」
「だが、
君がやれば
“席の問題”で終わる」
私は、
微笑まない。
でも、
否定もしない。
「殿下は、
よく分かっていらっしゃる」
しばらくして、
アレクシアが言った。
「……怖くはなかったか」
その言葉は、
王子としてではなく、
一人の人間としてのものだった。
私は、
少し考える。
「怖さは、
ありました」
「それでも?」
「はい」
私は、
カップを置く。
「怖くないふりを
しなかったので」
彼は、
ほんのわずかに目を細めた。
「君らしい」
「一つ、
聞いてもいいですか」
今度は、
私から。
「俺で答えられるなら」
「今日の最後」
私は、
視線を上げる。
「……止めようとは、
思いませんでしたか」
アレクシアは、
即答しなかった。
その沈黙は、
逃げではない。
判断の間。
「思わなかった」
はっきりと。
「君が決めた。
それだけだ」
それは、
信頼とも、
覚悟とも取れる言葉。
胸の奥が、
ほんの少し揺れた。
「殿下」
「なんだ」
「……ありがとうございます」
それは、
礼というより、
区切りに近い。
アレクシアは、
こちらを見る。
「何に対してだ」
私は、
一瞬だけ迷ってから答えた。
「席を、
奪わなかったことに」
彼は、
小さく笑った。
「奪う必要がなかった」
その言い方が、
妙に心に残る。
お茶は、
すっかり冷めていた。
でも、
立ち上がる理由にはならない。
この席は、
今は壊さなくていい。
私は、
ゆっくりと立ち上がる。
「では、
私はこれで」
アレクシアも、
立つ。
「……ユノス」
名前で呼ばれる。
振り返る。
「次は」
彼は、
ほんの一瞬だけ
言葉を選んだ。
「“同じ席”で
話そう」
半歩下がる席じゃない。
並ぶ席。
私は、
小さく頷いた。
「その時は……」
一拍。
「"ご指名いただければ"」
彼は、
くすりと笑った。
その笑みは、
王子のものではなく――
同業者の顔だった。
庭園を出ながら、
私は思う。
(……一息、
つけた)
でも、
次の席は
もう見えている。
静かな時間は、
終わりに近い。
それでも今は
この一杯で、
十分だった。




