第10話 ご指名、ありがとうございました
第二王子カイル・ルイテル・ヴァンテイルが
“問題を起こした”と聞いた時、
私は特に驚かなかった。
沈黙に耐えられない人間は、
決まって同じところで躓く。
王宮の一室。
裁きの場でも、会議室でもない。
ただ、
話を終わらせるための部屋。
私は一人でそこに入った。
「……何の用だ」
カイルは、
まだ“上から”話しているつもりだった。
声の張り。
視線の高さ。
――でも、
席はもうない。
私は、
距離を詰めない。
夜の世界では、
終わった相手に近づく意味はない。
「殿下」
それだけで、
彼の眉がわずかに動く。
「今日の行動について、
ご自身では
どう評価されていますか?」
「……は?」
怒鳴られると思っていたのだろう。
問いかけに、
一瞬だけ反応が遅れる。
「評議会での発言。
文官への態度。
それから――
昨夜の行動」
私は、
事実だけを並べる。
「記録は、
すでに回っています」
カイルは、
鼻で笑った。
「脅しか?」
「いいえ」
即答。
「確認です」
「殿下は、
ご自分がまだ
“座っている”と
思っておられますか?」
沈黙。
彼は、
答えない。
答えられない。
私は、
声を落とす。
「王宮では、
席を失った人間に
処罰はありません」
彼の目が、
わずかに揺れる。
「ただ」
一拍。
「呼ばれなくなるだけです」
「……そんな、
はずがない」
「あります」
私は、
淡々と続ける。
「殿下宛の書簡は、
本日から
止まっています」
「……っ」
「評議会への出席も、
“調整中”のままです」
王宮語で言えば、
それはもう
終了。
「……なぜ、
お前が」
カイルの声が、
かすれる。
私は、
首を傾げた。
「殿下」
静かに。
「私は、
何もしていません」
「嘘だ!」
「本当です」
私は、
一歩も動かない。
「殿下が
席を壊しただけです」
◇
沈黙。
長く、
逃げ場のない沈黙。
夜の世界で言えば、
会話が完全に切れた瞬間。
「……俺は、
王子だぞ」
震える声。
私は、
最後にだけ答えた。
「はい」
そして、
はっきりと言う。
「だからこそ、
今は立っていただきます」
席を、
譲ってもらう。
それだけの話。
私は、
扉へ向かう。
振り返らない。
もう、
見る必要がない。
扉に手をかけたところで、
ほんの一瞬だけ足を止める。
声は低く、
感情は乗せない。
ただ、
業務連絡のように。
「ご指名、ありがとうございました」
沈黙。
その言葉の意味を、
カイルはすぐには理解できない。
だが――
それが成人の儀で、
最初に私が差し出した言葉だと
気づいた瞬間、
彼は、
自分が何を失ったのかを
完全に理解する。
私は、
何も言わずに部屋を出る。
廊下の先に、
第一王子アレクシアがいた。
目が合う。
言葉は、
いらない。
私は、
小さく一礼する。
それだけで、
全てが終わった。
(夜職語録⑦
席を降りた人は、
悪役にすらなれない)
処理は、
静かでいい。
この世界は、
そうやって回っている。




